雪蟷螂

雪蟷螂

ミミズクと夜の王』で電撃小説大賞≪大賞≫を授与するという華々しいデビューを飾ってから2年。著作数自体は少ないものの、『ミミズク』、『MAMA』と独特な世界観を打ち出し多くの読者を魅了した作家、それが紅玉いづきでした。
そんな彼女の一年ぶりとなる新作・『雪蟷螂』は、『ミミズクと夜の王』、『MAMA』に続く“人喰い”のお話。“人喰い物語”三作目にして最終譚。
遅ればせながら読ませていただきました。

あらすじ

極寒の地であるアルスバント山脈に住まう一つの部族・フェルビエ。
山脈の中でも指折りの戦士たちと言われるフェルビエの女には、愛する者さえ噛み殺すとされる激情を持つということから、畏怖の念を込めて“雪蟷螂”という異名が付けられていた。
そんな彼らと因縁の中にあるミルデ族の間で長きに渡って続けられた「氷血戦争」は、互いの兵力を総動員するも決着のつかない不毛な戦いであり、既に疲弊しきっていた両者に必要なものは、“戦争の終結”と“恒久なる和平”だった。
フェルビエ族族長であるアルテシアは、実の父である先代族長より言付けを受ける。ミルデ族族長・オウガとの婚礼を果たせ、と。
男を喰らうほどの激情にまみれた愛に殉ずる雪蟷螂は、平和のために女として死ねるのか。
吹雪舞い散る地で紡ぎ出されるは、またしても「人喰い」の物語。

相変わらず

紅玉いづきという人が書く物語は感想をストレートに表現しづらいです。読むのに夢中になってしまったため、そういう意味合いでならば一言「面白かった」と言えるとは思いますが、そんな一言では片づけられない何かもっと深いものがあります。“深い”なんて軽々しく言ってはいけないのかもしれませんが、本文中で語られる「雪蟷螂」の愛故に戦い狂う生き様は本当に凄まじい。
“人を喰らう”ほどの恋情は希望でもあり、また絶望のようにも見える。
アルテシアの叔母にあたるロージアにこそ、この言葉は相応しい。

ここで

初めて「ロージア」という名を出しましたが、幕間では彼女の「雪蟷螂」故の深すぎる愛情が描かれています。それは余りにも鮮烈で、苛烈極める愛の形。彼女こそが「雪蟷螂」の性を最も顕著に体現した人であり、それは形を持ってアルテシア含めた未来の4人の男女に運命の変化をもたらします。

拒むことはないだろうとロージアは思っていた。
きっと拒みはしない。少女の凍った横顔は、生まれながらに覚悟している。
従順に頷くばかりだろうと思っていたが、アルテシアはひとつだけ、問いかけを囁いた。
かすかな声で。
透明な瞳で。
「春は、美しいですか」

男を喰らうほどの激情を持つはずの雪蟷螂・アルテシアに来る運命は、宿敵である族長との政略結婚が約束されていました。それは、恋情の末梢を促す余りにも悲しい現実。恒久なる平和が父の悲願である故に失敗は許されませんでした。極寒の地に来る美しい春というものは平穏があって生まれるものでした。
このとき、彼女に剣の師でもあった叔母・ロージアの生き様が深く影響することとなります。

これに

花を添えるイラストが素晴らしい。これほどまでに本文と挿絵の一体感があるラノベもなかったのはではないかというほど。
いえ、まあもっと手軽に読めるような、いい意味でテーマが軽く読者としても気負いしない作品ならば絵にそこまで拘らなかったんですけど、今回の『雪蟷螂』においては挿絵の威力がとんでもない。本文中のイメージを補足する意味でもそうですし、またある箇所では単体で、活字なしで物語を“読ませて”くれます。
これほどイラストが印象深く、また感銘を受けたのは初めてです。

総評

文句なしに面白かった。ただそんな言葉で済ませるには安っぽすぎる、そんな作品。
“人喰い物語”って今度は何だろうと蓋を開けてみれば、「愛」という共通のテーマはあるものの今回の「雪蟷螂」が持つ激情ともとれる深すぎる愛の形は、正直なところ測り損ねていました。
恐ろしいとまで思いました。喰らってやる、殺してやる、という境地にまでたどり着く愛情って、現実じゃあ怖すぎるから。
でも、この“愛”の形をこうまで美しく表現できる人ってなかなかいないんではないのかと、また感じるところもあるわけで。
結局一年という長い期間も簡単に待ててしまうんですよね、紅玉いづきという人の作品には。

雪蟷螂 (電撃文庫)

雪蟷螂 (電撃文庫)