オレと彼女の絶対領域

オレと彼女の絶対領域

第5回ノベルジャパン大賞<大賞>受賞作。いきなり本音を言うと、巷で話題に上がっている<銀賞>受賞作『僕の妹は漢字が読める』を読みたかったんですが、近所の本屋がどこも置いてなくて泣く泣く平積みされていた本書を手に取った次第です。「<大賞>受賞作が在庫たっぷりってどうなん??」なんて野暮なこと考えてはいけません。どんな形であれ1番取ることは凄いんです。

あらすじ

高校入学早々、カー坊(主人公)は一目惚れをした。観田明日香――1年先輩の美少女で、同時に学園内では「絶対不可避の不吉を告げる魔女」として恐れられる存在だった。彼女には未来を見通す力、いわゆる「予知能力」があったのである。

先輩と何とかお近づきになりたいカー坊。そんな彼を見かねた彼女は、ある条件をクリアしたら付き合ってあげると提案する。

「今日の昼休み、君が学生食堂に一歩も足を踏み入れないこと、よ」

先輩との交際をかけて、予知された未来に全力で抗う少年の戦いが始まる。

SFテイストで多少味付けされたラブコメ

基本はラブコメです。恋した相手が予知能力者であったがためにSF的考察も出てくるには出てきますが、一貫して根底には「先輩と付き合いたい!」という目的が付きまとうため、ラブコメったらラブコメなのです。多少ギャグも交えつつ予知された未来に奮闘していくその過程で、立ちはだかる問題にSF的考察を交えて打開していく、というのが大筋でしょうか。

本書で登場するSF的考察とは、予知能力というワードからもお分かりになる通り「時間」をテーマにしたもので占められます。量子力学因果律のお話など、おおよそ昨今の大衆文化作品では骨の髄までしゃぶり尽くされた学問や理論が次々に登場します。最近で言えば、『シュタインズゲート』が有名ですよね。あの作品ほど濃いわけではなく、あくまでそういった理論を登場させつつも同時にマイルドな表現を加えることで、ラブコメとして破綻しないよう味付けされているのが伺えました。

SF考察もラブコメもなんか…中途半端だよね

ラノベ界隈に途方もない数のラブコメ作品が溢れている現状、SF要素を取り入れることで差異を図るというその発想は理解できます。しかしながら、これはちょっと付け焼刃感が否めない。

予知夢によって確定された未来を変えるために、量子力学因果律のお話が登場するまではいいです。ですが、最終的にたどり着いた解答がペラッペラすぎてガッカリ感が半端ありません。ロジックとしては破綻していませんが、そんな解釈だけで最大の困難を乗り切ってしまうのは、量子論など大仰な学説を持ち出した割に読者を納得させるインパクトに欠けます。あと感じたのは構成で、終盤に向かって怒涛のようにSF考察が行われるんですが、それが開いた風呂敷をせわしなく閉めにいっているのが強く感じられて萎えるというか、ラブコメとの兼ね合いがあったとしても至極窮屈な印象を与えて興醒めしてしまいました。

「時間」をテーマにしたSFを題材にするって結構ギャンブルだと思うんですよね。文献などが豊富で資料も集めやすいし、何より昔から取り上げられるテーマだけあって人気も高いんですが、反面扱うからには求められる物も高くなる。取り入れ方が専門的にしろマイルドにしろ、物語に上手いこと組み込んでいれば誰にも文句を言わせない名作が誕生するはずですが、その微妙なさじ加減を間違えるとB級作品の出来上がりです。本筋が良くてもSFがダメじゃあ批判されるし、また逆も然り。二つが高いレベルで合わさって初めて大きな化学反応を起こす博打です。

本書に関しては、コンセプトやキャラ設定に特出した要素はないものの、料理次第では十分良くなりそうなのにそれを致命的に間違えていて、はっきりと言ってしまえば面白くありません。SFに関しては前述の通りですが、同時にラブコメも薄っぺらいもんだから始末が悪い。そもそも「学食に一歩も足を踏み入れないこと」っていうとても分かりやすい目標が提示されているのに、達成前の段階からデレ始めているのはアカンでしょう。どんだけ安い女なんですか。段階的に心を開かせるとしてもツンツン度合いをもうちょっと強めて、ラストでその心境の変化を描いた方がカタルシス的なものを感じさせて読み応えもあるでしょうに!

導入は悪くなかった

繰り返しますが、素材自体は悪くないんですよね。予知能力を持った美少女に恋をしてしまったがために、というキッカケは素直に興味深いし、期待させるものがあります。

「あ〜、いきなりすぎッスよね。その、まずは友達からでも……」
「ふふっ」
みっともなく狼狽するオレに、女神さまの口から笑みが零れた。
「君、新入生の子ね?」
女神さまが、オレの襟元にある校章を見て言う。
「はい、そうです」
オレが三日前から通うことになったこの青陵高校には、学年色というのがある。女神さまの襟元に入ったラインの色は赤。オレより一年先にこの高校に通っている従妹と同じ色だった。先輩……なんだなぁ。
「わたしに……近づかないで」

ここまでは凄い期待が持てて読んでいました。まあこれ開始3ページ目なんですけど。あと1歩、いや違うな。あと…5歩くらい届かなかった。残念。

総評

1番とったことは確かに凄いんですが…<大賞>はさすがに荷が重いでしょう。やはりSFとラブコメどっちつかずになっている点が一番痛いところです。どちらも単体で読ませるには不十分で、かといって合わさってもチグハグ感が否めず、結局ラストまで予知夢を見るヒロインという異質な設定の勢いだけでゴリ押したように見えてしまいました。掴みはオーケーだっただけに、その後の雑さが余計に目立ってしまったところもあります。

最後に、ちょっと身も蓋もないこと言いますけど、著者の方はもうちょっと笑わせる文章の書き方を見つめ直した方がいいんじゃないかと思います。全編通して感じたのは、ギャグが上滑りしているというか、全体的に軽いんですよね。ギャグですらないというか。ラブコメ書くなら絶対に必要なスキルだし、それが無理ならシリアスに転向してもいいんじゃないかと素人ながら感じました。予知夢を見るヒロインにシリアスな展開、いいじゃないですか。そっちの方が面白そうだ。

オレと彼女の絶対領域<パンドラボックス> (HJ文庫)

オレと彼女の絶対領域<パンドラボックス> (HJ文庫)