トカゲの王 (1) ―SDC、覚醒―

トカゲの王1

もはやブリキ氏が絵を担当すればヒットするんじゃないかと思ってしまう今日のラノベ界隈ですが、またしても「入間人間 × ブリキ」のコンビで新作の登場です。自分で言っておきながらこの表紙はズルイよね…書店でも明らかに異彩を放っていて思わず手に取ってしまうのは、ビニールに包まれながらも主張してくる妖艶なフェロモンを発しているからなんでしょう。悔しい…でも読んじゃう!

あらすじ

五十川石竜子(いかがわ とかげ)には「目の色を変えることができる」という妙な能力があった。こんな力を持った自分は特別な存在!おれは世界を塗り替えることができる!無理とは分かってても、そんなことをどこかで信じ、彼は今日も通い詰めている廃墟ビルで一人修行に明け暮れる。

そして、それは突然始まった。

廊下側からいきなり、窓ガラスの割れる音が立て続けに聞こえてきた。同時に感じる、あるはずのないえもいわれぬ異臭。これは…血の匂いだ。

異能力バトルにしてこのしょっぱさ、だがそれがいい

前作『電波女と青春男』から一転、本書は「異能力バトル」を題材にしたバトルものです。殺しを生業にしている殺し屋たちがしのぎを削っているという言わば裏社会的なものに、主人公も巻き込まれていくというお話。その殺し屋の中に異能力を持った超人がいるわけですね。

本書が面白いのは、何より「異能力バトルを扱いながら、それにあるまじきしょっぱい空気が漂っている」という点です。主人公は、「目の色を自由に変えることができる」という能力を持っているのですが、何と本当に割とマジでそれだけしかできません。それ以上それ以下もなく、目の色を変えることだけを頼りに殺し屋に挑んでいくことになります。

はっきり言ってしまえば、こんな能力で殺し屋に適うはずもなく基本的にボッコボコにされます。バトルものでお約束の「窮地に立たされた主人公の覚醒」も望めず、顔面にはえぐられたように深い切り傷、腕にはナイフが貫通するなど、トカゲにとってはひたすらに残酷な運命が待っています。これが、異能力バトルものを読んでいるはずなのに主人公がしょっぱすぎて逆に展開が読めず、なかなか面白い。本当に、残虐の限りを尽くした表現でもってトカゲがフルボッコにされる様が描かれ、それに対抗しようにも「目の色を変える」ことしかできないという状況は、ここまでの絶望感を生み出すものなんだなと妙に感心してしまいました。

そんな“普通の人間の域を出ない”しょっぱすぎるトカゲという少年にとって、その絶望的な状況から活路を見出すには、本当に役に立たないけど人外な能力を授かったという誇り、そして自尊心を持ってして他にないわけです。自分がやれることは目の色変化しかないんだけれど、でもそんなことができる俺は超凄い!というロジック。そんなガタガタな自信を持って殺し屋という異形の存在に挑むというのは、あまりに愚かしいけど、人間的でどこか惹かれてしまいます。

異能力バトルにおいてあるまじきしょっぱさは、主人公の覚醒を待つのではなく、窮地に立たされた人間が取る行動の究極を導きます。どうしようもなさすぎてイライラさせるけど、トカゲの一般人とは変わらない感性に気付いたら、応援せずにはいられないんですよね。

ヒロイン・巣鴨涼の魅力

まあブリキ絵でプラス補正がかかりまくっていることは否定しません。ですが、エリオとはまた違ったミステリアスな魅力があります。

「す、好きかぁ、かぁかぁ」
「カラスじゃなくて鴨だよ、わたし」
鳴き真似と思われたらしい。いやそうじゃなくて。
「その、好きってなに?」
散々迷った末に発したおれのマヌケかつ、非常にテツガクテキな質問に、スガモは目をぱちくりさせる。スガモが即答しないことはとても珍しくて、こちらも思わずまばたきしてしまう。
「お?」
スガモがその驚いた表情を引っ込めないまま、おれの顔に手を添える。いや、掴む。自分の方へおれを引き寄せて、前へつんのめってしまう。それはぜんぜん、止まる気配がなくて。
止まったのは、スガモとおれの唇がくっついた後だった。

変な子です。でも、殺し屋という超人ばかりの中にオアシスのような存在でいてくれて、血なまぐさい戦闘の要所要所でトテトテ現れる彼女は、正直そこに順応している理由を考えると不気味すぎるけど、男を惹きつけてやまない魅力がある故に彼女の登場を心待ちにしてしまいます。

本書の魅力はこの子による部分も大きく、ラノベにおけるヒロインの重要性を改めて噛みしめるほどでした。

正直、首ったけです!(死語)

個人的に『電波女と青春男』より読みやすい

電波女と青春男』は、主人公の言い回しや独白がこれ以上ないくらい入間節を炸裂させてしまっていて、僕は1巻でダウンしました。本書でも彼の独特な文体に変わりはないのですが、異能力バトルというジャンルの性質上そういった独白に取れるスペースは少なくなっており、尚且つバトルもの故のスピーディな展開が、入間氏のねばっこさというかしつこさを抑えてくれて、今までで一番読みやすく感じました。

残虐な表現が散見される辺り、作風自体は『みーまー』に近いです。ただ『みーまー』ほど壊れているというわけでもなく、スガモや殺し屋には変人も多いですけど、そこまで狂気染みたものは感じなくて『電波女と青春男』のマイルドさもちょいちょい合わさっている気がします。

コメディ、はまあさすがに言い過ぎですが、凄惨な殺し合いをしながらもどこか笑ってしまうのは、その狂気が多少薄められているからなんでしょう。なにせ「目の色を変えることしかできない主人公」ですからね。この時点でちょっと笑ってしまいます。失笑ともいう。でもその残念さが好き。

総評

しょっぱい。実にしょっぱい。異能力バトルにおいてあってはならないしょっぱさです。

しかし、そんな人間が開き直るとある意味最も恐ろしいということを教えてくれて、同時に読者である我々にとってその開き直りの論理構造はとても理解できてしまったりして、だからこそラストは痛快で、清々しい読後感すら味わえます。

入間氏の作品という時点で人を選ぶのは間違いありませんが、個人的には今までの氏の作品の中で一番好き。文体のしつこさは相変わらずだけど、スピーディーな展開と先の読みにくさが没入するのに一役買っていて、何よりスガモという謎に包まれた少女が不気味でありながらかわいいと思ってしまう。ブリキ絵万歳。

作品のコンセプト上、シリーズ展開には一抹の不安を覚えなくもないです。でも、予想外に面白かったので僕は購読決定。次はどのように死地を切り抜けるのか、楽しみですね。無様でいいじゃん!

トカゲの王 (1) ―SDC、覚醒― (電撃文庫)

トカゲの王 (1) ―SDC、覚醒― (電撃文庫)