女子高生店長のコンビニは楽しくない

積んでいたものをこのGWに読んで今更だけどちゃんと感想書いておこうシリーズ。

あらすじ

南里湊人には好きな人がいた。――支倉こもも、同じクラスで二つ隣の席に座る美少女。彼女のことを想いながらもクラスでもその存在感のなさに定評がある湊人にとって、その想いを伝えることはあまりにも無理がある話だった。

そして湊人にはもう一つ懸念があった。それは、彼はこの夏休みが終わったらこの街を離れてしまうということ。結局満足に話すこともないままこももの元を去ることになってしまうかもしれない。せめてでいい。高望みはしないから、この夏休みに一つでもいいから彼女との思い出が欲しい。そんな苦悩と戦いながら、彼は近くのコンビニに立ち寄る。そこで、彼は驚くべき事態に遭遇する。

クラスメイトであるはずの意中の女の子、支倉こももその人がなんとコンビニで働いていた。ふと横を見ると、求人募集の張り紙。そこに踊るは「女性限定」の四文字。湊人は考えた、これはチャンスなのではないかと。そうして湊人は、人としての道を徐々に踏み外していく。

イラストがとてもいい

小説でいきなり絵について論じるのもかなりどうかと思うところですが、個人的にとても好きな絵柄だったのでここは一つ。

非常に可愛らしい絵ですよね。瞳が大きくていわゆる萌えに特化した絵柄、つまり現代では割とありふれた感じですけども、そんな中でも一つ一つのクオリティはとても高くて作品を彩ります。注目は主人公の女装姿で、いわゆる「男の娘」な状態が描かれています。これがまあちょっと可愛すぎて、どう見ても女だろうとw 好きな子のためとはいえ、女装のディープな世界に突貫していくその過程で女性用下着にまで手を出してしまっていいのかと葛藤する主人公に対して、読者である我々の「いいから早く着てみろ!話はそれからだ!」という変態的な思いが届いたのかどうかは定かではありませんが、結果としてスタンドミラーの前で女性用下着に身を包んだ自分を眺めて何かに目覚める主人公が描かれていたことには、絵師である茶みらいさんは言わずもがな、著者や編集者ともどもGJと言わざるを得ませんね!w

こういったシーンから代表されるように、全体的にイラスト化されている場面のチョイスにセンスを感じます。ライトノベルってやはり絵ありきのジャンルですから、こういった点でも評価がわかれることが多々あったりするわけで。そういった意味で、優れた絵師による質の高い絵が提供されている本書はとても恵まれていると言っていいでしょう。

下ネタにもっていく必要性の是非

ギャグならギャグでいいんですよ、そういった作品なんだなと理解して読むから。ただそれでも本書を読んでいて微妙な違和感を覚えたのは、そのギャグがほとんど下ネタで構成されていたこと、そしてその入れ方にかなりの無理やり感があったからです。ちょっとシリアスな展開を予期させる場面で突発的に下ネタギャグが入れこまれているのは、逆にテンポを悪くしている気がするし、何より読んでいる側を冷めさせるには十分です。

ギャグセンスは読み手一人一人の嗜好にダイレクトに響く要素だけに万人に受けるものを作るのは至難ですが、中でも下ネタはギャンブル性も高くて場合によっては作品全体に抱かせる印象を180度変えてしまうこともある。安易な下ネタは一部の人を嫌悪させるには十分すぎるんです。僕は嫌悪まではしませんが、何だか本書のネタ運びには残念な気持ちになりました。ただ単に蛇足なんです。いらないんです。そこに持っていく必要性が感じられないんです。著者の一人歩き感が拭えないんです。

しかし、これはあくまで僕の意見。これらのギャグを悪くないという人も当然いるだろうし、それ自体は何ら不思議なことではありません。人の持つ嗜好は千差万別なわけですから。ただ一つ言えることは、結構人を選ぶということです。嫌に感じる人もいるだろうな、そう理解していただければと思います。

女子高生店長という設定は面白い

作品自体のコンセプトは面白いと思います。コンビニが主な舞台とされているのが新鮮というのもありますし、そこで働く美少女店長が己の力不足を実感しながらもワタワタと悪戦苦闘する様は健気すぎて応援したくなる。部下のことをうまく叱れないというのも、まだ人として未熟さが残る高校生という世代が背伸びして店長やっている感がリアルに表現されていてとてもいいなと思いました。

「あの……遅れてすみませんでしたっ!」
「だめなのに……」
背後から声をかけると、こももはつぶやくようにそう言った。
怒っているというよりは、しょげた子供のような声音だった。
「すいません、ちょっと寝坊してしまって……」
「遅刻したらだめなのにぃ……」
こももが事務椅子を回転させて振り返る。そして今度は人差し指を立て、いかにも怒ってますという感じの身振りで言った。
「だめですよっ!」
「……はい」
「いけませんよっ!」
「……はい」
「よろしいっ」


女子高生店長のコンビニは楽しくない / 明坂つづり / 158〜159ページより

いやなんかもう下手を通りこして逆に絶妙すぎてもっと怒られたくなるのはなぜなんだろうかw これがMに目覚める瞬間だというのか……。

主人公が女装して働いているが故のドキドキ感も女装物ならではで、既存の作品に捉われない新しい面白さが色々な部分に詰まった作品だなと感じました。女子高生がコンビニ店長なんて現実的にあり得ませんが、フィクションに現実のセオリーを押し付けてあーだこーだ言うのは野暮というもの。こういった新たなジャンルの創造が行われるからラノベは止められません。

総評

女子高生という身分の若年店長が奮闘する様を慈しみ、その健気さから溢れ出る可愛さに酔いしれる作品。本書の魅力は、その半分がこの支倉ももこという少女に占められていると言っても過言ではありません。部下を怒らなければいけない場面でうまく対応できないその人の良さ、この世の汚い部分をまだ見ていない酸いも甘いも知らない素直さ、そしてそこから生まれる働くことへの実直さ。この人となりに心打たれないという人はいないでしょう。

ただし、こういった良さを持ちながらも下ネタが頻出するのは人を選ぶところです。もちろんそれが主眼に置かれた作品ではないため物語としては一本筋が通っていますが、そこに取って付けたように下ネタが挟まっているのは個人的に残念なポイントでした。下ネタが嫌だったというよりは、それが単純に面白さに結びついていないから蛇足に感じたんだと思います。その上で読んだ後に微妙な後味の悪さを残してしまうのは、そのネタチョイスの性質上ある意味致し方ないところなんでしょう。

しかしまあ、そこに目を瞑れば悪くない作品だと思います。イラストの良さはもちろん、コンセプトも新鮮で挑戦的な試みが光る作品と言えるでしょう。今月続巻の発売が予定されていますが、どのような展開になるのか楽しみですね。主人公の恋路云々よりも、ももこの店長ぶりをもっと見ていたい。そしてあわよくば叱られたい。主人公が女装に目覚めたように読者も何かに目覚めてしまうような危険を孕んでいる、そんな作品。

女子高生店長のコンビニは楽しくない (ガガガ文庫)

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