僕と彼女のゲーム戦争

僕と彼女のゲーム戦争

火の国、風の国物語』でお馴染みの師走トオルさんが、電撃文庫で新刊というのも驚きでした。3月の震災直後ではこんなニュースで話題になった人でありますが、ラノベ作家としてのキャリアは長く実力は折り紙付きです。ラノベとは親和性の高いゲームを扱った本書、ゲーマーとしては読まずにはいられません。

あらすじ

主人公・岸嶺健吾は、放課後もひたすら図書館にこもるほどの読書好きだった。大衆娯楽として国からも太鼓判を押されるほどになったゲームに同世代の子は熱中する中、本ばかりを読み続ける彼に友達などいるわけもなく、高校二年生が終わろうかという時期でも彼は常に独りだった。

そんな折、とあるきっかけで彼は転校することになる。伊豆野宮学園――日本でも有数の名門校であり、数年前まで女子高だったという経緯から通う学生の実に9割が女子という環境に、友達もろくに作れない彼は飛びこむこととなった。そこで彼は、学内でも希代の美少女である天道しのぶと出会う。この出会いがゲームとの邂逅を生み、彼の才能を開花させるきっかけとなった。

人生の全てを本に捧げた読書少年の、ゲームに彩られた新たなスタートがここに幕を開ける。

実在作品が多数登場し、ゲーマーには至福の一冊

本書には、往年の名作から最新作まで様々なゲームが実名で登場します。基本的に権利関係で実名を出すのは難しく、多くのラノベでは一部をもじることで読み手側に連想させようとするのが一般的ですが、本書においては全てが現実のまま描かれています。故に、そのゲームプレイ描写も原作から忠実に再現されており、プレイ済みのゲームであればニヤリとさせられること請け合いでしょう。

ところで、他人のゲームで遊んでいるところを見るということに関して、古くは幼少時代の、友達の家で友達がやるRPGを延々見せられるというのは誰もが通る道だと思いますが、そんな幼い記憶を蘇らせると同時に、「ゲームを観る」を娯楽として認知させたのは『ゲームセンターCX』に他なりません。お世辞にも上手いと言えない有野課長のプレイは、その下手さもあってか人間味溢れるところが魅力的であり、多くの共感を呼びました。

岸嶺健吾は、ゲームをプレイするにあたって非常に有効な才能を持っています。ですが、素人同然であった彼が最初から神プレイを披露できるというわけでもなく、最初は驚きと戸惑いに満ちた実に平凡なプレイで始まります。こういったゲーム初心者がゲームに触れ、その魅力に染まっていく過程を見るのは、ゲーム好きとしては心を打つものがありますね。例えば、“『スペランカー』で最初のエレベーターから飛び移れず死ぬ”という「あるある」をキッチリ描き、そこから主人公の才能が開花してクリアに導いていくのは、ご都合主義を感じさせつつも実況プレイを見ている感覚に似ていて面白いです。実名作品を出しているからこそここまで描くことができ、ゲームとの真摯な向き合い方には好感が持てました。

なぜリプレイシーンはこの仕様になってしまったのか

ゲームが実名で登場して僕としても楽しく読んでいたのですが、ゲームのリプレイシーンは正直かなりいただけない!
岸嶺健吾がプレイしている最中は、そのあまりの没入ぶりにゲーム内のキャラクターと自分を同調させてしまうという設定があり、例えば『アンチャーテッド』の場合はネイトさん視点でその様子が描かれることになるのですが…正直これがキツイ。後何ページで終わるのか確認するほどキツかったです。入れ子構造(いわゆる劇中劇)になっており本書の肝とも言える場面群ですが、登場人物とのかけ合いがほぼない状態でゲームのプレイ内容を活字にしていくのは、冗長で作品全体のテンポを悪くしているように感じられ、退屈です。

要は、アンチャーテッド』を描いている間は完全に冒険小説になっちゃってるんですよ。ゲームをプレイしているはずなのに、一人称をネイトさんに移しているもんだから今まで進行していた物語はストップしてしまう。しかも肝心のプレイ内容は、既存のゲームのあらすじをなぞるだけで期待させる余地がない。
発想は凄くいいと思うんです。主人公のゲームとの出会い方、そしてその才能の応用術。しかし、その表現方法が致命的なまでに僕には合わなかった。物語の途中でゲームのあらすじを小出しにするのは、しつこ過ぎて無理があります。

逆に後半のTPSのシーンは、ゲームをあくまで素材として使って物語が進行していたため、普通に楽しめたんですけどね。

敵が退いた物陰から、何かが飛んできた。
壁に何度かあたって岩嶺の前に転がったそれは、
「グ、グレネード!?」
あわてて通路の反対側へ逃げようとするが、遅かった。
グレネードが炸裂する。どうにか即死は免れたものの、岸嶺の画面には深紅のドクロが浮かび上がっていた。
そしてこの機を逃すことなく、再び敵が現れた。今度は迷うことなくダッシュで突っ込んでくる。
「くっ!」
慌ててアサルトライフルの引き金を引く。狭い通路であったことが幸いしたのか、放たれた銃弾は次々その体を貫いた。
しかし、倒すには至らない。敵はダメージを受けつつも距離を詰め、そして武器を――ショットガンを構えた。

対戦モノはやはり楽しいです。作家さんの文章力自体は物語を盛り上げるには十分であり、TPSのドキドキ感は十二分に演出していたと思います。

総評

酢豚食おうと思ったらパイナップルが入ってた…、そんな作品。とにかくゲームの主人公視点で描かれるリプレイシーンは蛇足でしかありませんでした。原作を知らない人には必要な情報ですが、それを3〜4ページに渡って語るのはあまりにしつこい。小出しにしている分、必要のないところでブレーキになってしまうのはマイナスです。

しかし、物語の本筋はなかなか面白く、読書にしか興味を示さなかった少年のゲーマーへの転身ぶりは、これからも含めて興味深い。中盤までのリプレイシーンには苦言を呈しましたが、後半を見る限り対戦モノを題材にするという発想自体は悪くないように思えます。何より題材にされているゲームを知っていれば、楽しさは倍増。これは実在作品を登場させているが故の大きな武器です。ゲームに興味がない人には全く訴求できる内容ではありませんが、逆に言えば多くのゲーム好きにその魅力が伝わりやすい作品でしょう。

ゲーマーのゲーマーによるゲーマーのためのライトノベル。そんな感じ。

僕と彼女のゲーム戦争 (電撃文庫)

僕と彼女のゲーム戦争 (電撃文庫)