そよかぜキャットナップ

あらすじ

本好きの大学生・長谷川弘忠は、今日も黙々と読書に耽っていた。無愛想であること以外にはとりたて特徴のない弘忠だったが、彼には上京してからも同じ大学に通うこととなった腐れ縁の親友・小野啓太がいた。啓太は、この夏地元で自動車免許を取らないかとインドアが過ぎる弘忠に打診する。渋る彼であったが、そこに同郷である玉井香織が現れ、持ち前の押しの強さで3人は連れたって帰郷するついでに免許獲得を目指す。

帰郷した啓太は、まず飼い猫であるマコトの異変を妹・恵美から聞きつける。どうやら最近食欲が減退していて、さらに戻してしまったこともあったらしい。多少の心配をしつつも様子を見ることに決めた小野家一同。

そんなある日、啓太は教習所から家路につく道中で、やけに焦った様子の恵美に出くわす。

「おーい! 恵美! なにやってんだ?」
「う、うん、あのね。その、マコト、マコトが……! いなくなっちゃったの!」

小さな事件の始まりだった。

ゆるくて優しいミステリ

舞台は砂丘で有名なT県の片田舎。だからといって砂地で紡がれる物語ではなく、山があり、森があり、川があり、田園が広がるまさに日本の田舎を象徴するような原風景が描かれています。そんなゆるっとした世界で、ちょっとした事件が起きる。一匹の猫が、突然失踪してしまうというお話。

果たして、本書ではこれ以上の大きな出来事が起こることはなく、この小さな小さな事件が物語の中核を成しています。正直、とりたて特徴のない事件性です。悪く言ってしまえば「退屈」。ちょっと言い方を変えてみても「地味」というところ。どんでん返しなんて、そんな複雑な仕掛けはありません。誰かが殺されたとか、道端に謎のノートが落ちていたとか、鬼隠しだとか罪滅しだとか、大きな事件を予感させることも起こり得ない。ただそこに横たわる事実は、飼い猫がいなくなってしまった。それだけ。

それでも、本書はミステリなんです。小さくても事件は事件で、その解決に弘忠を始めとした3人は尽力するのです。

――ゆるい。ミステリと言いつつあまりにゆるい。でも、だからこそ、どこか温かい。

弘忠たち3人は黒猫であったマコトを探し始めた時、同じ黒猫を飼っている大矢夫妻に出会います。その子の名前は「黒造」。同じ黒猫であるためか、どこかマコトの面影を感じずにはいられない彼らは、それから「里山田園愛好会そよかぜ」なるサークル部員を装い、大矢夫妻の元を度々訪れます。その度に、黒造はマコトなのではないかという懸念が、どんどん強くなっていくのはどういうわけなのか。仮に大矢夫妻が黒造とマコトを間違えてしまっていたとしても、ではもう1匹はどこにいるというのか。

結末は、なんてことないものでした。ちょっとした伏線で、簡単に先が読めてしまうかもしれない。ミステリとしては、事件性も弱いかもしれない。でも実際読んでみると、「ああ、こうなってよかった」と思える優しい結末がそこには確かにあります。大矢夫妻の夫婦愛、そしてもう一つのカップルの愛が、物語のラストを心温めてくれるのにはグッときました。

彼女は家族が好きだ。温かい家庭が好きだ。変わらない、帰る場所がいつまでもあって欲しいと願う。
ただし、ときの流れや運命のいたずらが、いつか必ず家族に変化をもたらす。それは、誰もが分かっている悲しいことで、皆が知っている嬉しいことでもある。


そよかぜキャットナップ / 靖子靖史 / 62ページより

悲しみを生みながら新たな希望を生み出す生命の営みは、やはりとても神秘的で、素敵なものですよね。

これぞまさに日本の田舎。これぞまさに若者の青春。

見渡す限りの田畑、迷路のように巡る水路の先には水車、煌めく日光、耳に響くセミの鳴き声、「カンカンカン」という音と共に走る一両の列車……もう単純に、典型的な日本の田舎!って感じでいいですよね! このような情景が広がる舞台故なのか、物語もどこかほのぼのとしていて猫失踪を除けば平和そのものです。舞台のイメージ的には、そう、ジブリの往年の名作『となりのトトロ』がピッタリ。

そんなところで、いい歳した大学生が突然思いついたように虫取りに夢中になるってのはなかなか笑えますが、やっていることはまさに青春そのもの。ああ…いいな、人生満喫してやがんな! そんなことを思ってしまう僕はひどく矮小なのか、というよりも、やはりここは誰もが憧れる青春の一ページだからに他ならないのでしょう。

大学生が主人公の小説は数多くありますが、やはりこういった風景の下で、言わば“遊び人”を象徴する大学生の若者たちが順応している様は、牧歌的であり、安心感があり、そして本書で言えばやはりゆるっとしていると表現するのが一番シックリくるんだと思います。

総評

緑で囲まれた日本の片田舎、繰り広げられるは齢20弱の若者たちによるネコの捜索劇。そこにはさしたる驚きがあるわけでもなければ、ミステリと呼ぶにはあまりにのほほんとした物語が紡がれています。それなのに、妙に先が気になってしまって読ませる力に満ちているのは、結局物語の伏線を散りばめていくことで読者の思考に問いかけるミステリの基本を押さえながら、それ以上に「里山田園愛好会そよかぜ」の面々が織りなす疾走感すら感じさせる青春ストーリーにグイグイ引き込まれるからなんでしょう。

その先に待つのは驚愕のラスト、ではなく読んでいてほっこりするような、優しいラスト。多くの読者がその解にたどり着けるような簡単なロジックですが、そうなってくれて安心するような、そんな新感覚青春ミステリ。

ミステリ好きと同時に、青春小説が好きな人にもおススメしたい、そんな一冊。

そよかぜキャットナップ (講談社BOX)

そよかぜキャットナップ (講談社BOX)