生徒会探偵キリカ (1)

あらすじ

全校生徒8000人、クラブの数は300以上、そんな中高一貫マンモス校である白樹台学園に牧村ひかげは編入した。編入生である彼は知らなかった。この学校における生徒会の影響力を。そして一人の会計の存在を。

聖橋キリカ――生徒会総務執行部「会計」を務める彼女は、この白樹台学園のお金をたった一人で管理している。その額、8億円。

幸か不幸か、ひかげはそんな超人と席が隣になり、この因果関係からひかげは生徒会に引き込まれる。会長である天王寺狐徹は、彼にキリカの補佐を命じる。それも会計業務ではなく、白樹台の誇りとも言えるもう一つの特務を。――キリカは、生徒会総務執行部「会計」兼「探偵」だったのだ。

杉井節が光る学生探偵モノ新シリーズの始動

今更感想書くのかよ!ってツッコミはなしで! 何となしに読まずに放置していたのをようやく読んだら相変わらず面白くて書きたくなったんだから仕方ないじゃないですか! このほとばしる情熱をブログにぶつけないでどうしろと!

というわけで杉井先生の新シリーズなのです。学園で、生徒会で、探偵で、事件が色々起きるから解決で、というお話。キーワード的に探偵がまたしてもニートなのではないかと勘ぐってしまいそうです。でもご安心ください。少なくともニートではなくれっきとした高校生の女の子です。ただし、家から学校に通っているわけではなく学校に住んでます。ええ、何言ってるか分からんと思いますが文字通り学校内で生活を営んでいるのです。かっこよく英語で言ってみれば“live in the school”してるのです。そして生徒会の一室からほとんど出ずにパソコンの画面と睨めっこしているというインドアぶりです。授業なんて出るわけがありません。それが彼女、生徒会探偵キリカのジャスティス! ……あれ、これってニートじゃね?

ううむ、ヒロインの人物像を列挙してみたら某ニート探偵に何だかそっくりですね。おかしいな、おかしいぞ、レーベルも違うんだからそんなはずは……。ちょっと視点を変えて主人公に目を向けてみましょうか。彼の名前は牧村ひかげと言います。高校からこの白樹台学園に編入してきた彼は、ひょんなことから生徒会会長である天王寺狐徹に目を付けられ、パシリ……もとい、庶務として引き抜かれます。彼女が命じたのは、探偵であるキリカの補佐。あまり人と関わらとしないキリカと、それなりにコミュニケーションが取れるひかげの人物像を考慮に入れた人選でした。そういった経緯から、探偵キリカと助手ひかげの物語は始まるのです。ちなみに、ひかげは天然ジゴロでツッコミ上手で詐欺師です。……あれ、これって某ニート探偵の助手じゃね?

そうなんです。この作品、コンセプトから細かい設定まで『神様のメモ帳』にソックリなんです。レーベルは違えど、著者は一緒なんだから何もあり得ない話ではありません。ただ、終始周りのボケにツッコミを入れる主人公の立ち位置であったり、そいつが無意識のうちに女性陣を転がす手癖の悪いスケコマシだったり、表に出ようとしない探偵の人物像だったりとほぼ同一と言ってもいい作風は、なぜ似たような作品をまた書いたのかと著者の胸中を考えずにはいられない。

多くの方がご存知の通り、高校生を主人公にした探偵ものは他のレーベルでとっくに書いているのですが、そやつは最近裏社会のフィクサーとしてめきめき頭角をあらわしている上にぜんぜん学校に行かないので、高校を舞台にした話はほとんど書けずじまいだったのです。また、生徒会を題材にした話も一度ちゃんと書いてみたいと前々から思っていました。なんとなれば僕は高校時代の半分を生徒会活動に費やしたのです。この経験を生かさない手はありません。


生徒会探偵キリカ / 杉井光 / あとがきより

なるほど、納得です。よくよく考えてみると、本書は事件の発生から解決までその全ての行程が学内で完結していることに気付かされます。そして、そこには総務執行部を始めとした多くの学内組織が密接に関与している。生徒会モノと探偵モノの融合、それが『生徒会探偵キリカ』を学園ラブコメ・ミステリとする要因であり、『神様のメモ帳』との決定的な相違点です。マフィアだとか麻薬だとか殺人だとか、そんな物騒なものは出てこない。キリカが必要とされる場面は、もっとライトな、学内で起こり得そうな事件が起こった時。

そういう意味では、『神様のメモ帳』ほどの緊張感はないかもしれません。でも本書はあくまで学園生徒会モノであり、ラブコメであり、その上で探偵モノなんです。作品の構造は酷似していても、見せようとするポイントは違う。生徒会関係の描写が特に細かいのが何よりの証拠。杉井先生の実経験に裏付けされた高校生徒会への熱いパトスがほとばしった、生徒会の名が強調された探偵物語なのです。

神様のメモ帳』で培われた「探偵と助手」の独特な関係の妙

月並みですが、本書はやはりとても面白いという言うほかにありません。ある意味約束された面白さとでも言いますか、作品の方向性は『神様のメモ帳』と同じなわけだから当たり前と言えば当たり前なんですけど、ここにきて最近の杉井作品の面白さが確立してきたように思えます。

それは、「引きこもりで素直になれない嫉妬しいな探偵×鈍感でスケコマシで詐欺師な助手」という方程式。隠された真実を掘り返すことで傷を負う探偵、それを補うのは人情の機微に長けた詐欺師という関係は、まず探偵モノとしては、本来主人公であるはずの探偵ではなく存在が淡泊な助手に表舞台での活躍が用意されているのが痛快であること。そしてラブコメとしては、本来上の立場である探偵が引きこもりであるハンデを理由に助手に依存し、助手は助手でそんな人間として不安定な探偵がほっとけないという構図に、嫉妬しいとか鈍感とかスケコマシといったスパイスがとてもよく効いていてニヤニヤが止まらないということを生み出しており、例え設定がそっくり似ているという問題があったとしてもその面白さは圧倒的で絶対的でもはや普遍的ですらあり、作風の酷似性は実に瑣末な問題であると感じさせます。

だから個人的な思いとしましては、あんなに面白い『神様のメモ帳』と似たような作品が読めて、とてもとても喜ばしいといったところです。杉井光による探偵と助手のお話に新シリーズができたとなれば、それは朗報以外の何物でもありません。

牧村「ひかげ」とウサギの「ひかげ」

とある経緯でウサギを飼うことになるひかげ。ウサギの名前は、会長のきまぐれで不幸にも主人公と同じ「ひかげ」と名付けられます。これが割と紛らわしくて読んでいて混乱することもあるのですが、実はこれが後半結構効いてくるんです。

キリカはほんの一瞬、目を上げて僕の顔を見ると、しゃがみ込んだ。
「ひかげが、いるから」
彼女はそうつぶやいて、僕の足下にいた灰色ウサギを抱き上げた。
「ひかげと一緒が、いいから」
ウサギと目を合わせてキリカは小さな小さな声で言う。
僕は息をついて、頭を掻いた。ウサギかよ。そんなちっぽけな理由か。
(中略)「そんなに気に入ってるならキリカが飼う? 最近は僕よりもキリカの方になついてるしさ。ああ、でも会計室じゃ飼えな――」
(中略)「――ばか。もういい、知らない!」


生徒会探偵キリカ / 杉井光 / 289〜290ページより

なんなの? お前は世のモテない男性諸君から殴られたいの? ていうかお前はナルミの血縁かなんかなの? ジゴロの血を引きし者なの? なんかもう普通に怒っていい? 怒っていいよね? そしてオレと代われ! 今すぐ代われ! さあそこをどくんだひかげえええええええええええええ!!!ゲフッゲフッ……ゴフッ……行き場のない興奮、プライスレス。

総評

神様のメモ帳』が面白かった人には是非おススメしたい作品です。ニート探偵団は出てきませんが、その代わりに生徒会総務執行部という魅力的な面々が繰り広げるストーリーは、ニートとは違った学園生徒会モノというベクトルを内包したお話で楽しめるでしょう。加えて学園及び生徒会周りの設定は緻密で著者のこだわりが見え、本書の魅力の一つと言えると思います。

コンセプトの似かより具合は人によっては気になるポイントになるかもしれません。ですが、僕としてはこの「引きこもり探偵×詐欺師な助手」という二人の物語はそんな文句も彼方に押しやる面白さに満ちていると思っています。それが今度はメル絵ではなくぽんかん絵で読めると来たら僥倖以外の何物でもありません。講談社ラノベ文庫の編集には足を向けて寝られないですね!

アリスもいいけど、これからはキリカもね! 共にニヤニヤ気持ち悪く悶えて悶え死にましょう!

生徒会探偵キリカ1 (講談社ラノベ文庫)

生徒会探偵キリカ1 (講談社ラノベ文庫)