ミニッツ 〜一分間の絶対時間〜

あらすじ

穂尾付学園高校に通う1年生・相上櫻(あいがみさくら)は、1分間だけ相手の心の声が読める「ミニッツ」と呼ばれる能力を持っていた。彼はその力を武器に、教師や生徒からの人望が厚いクラス委員長というポジションを確立しながら、学内トップともいえる生徒会会長の座を虎視眈々と狙っていた。

そんな中、教師からある不登校の生徒を登校させるよう説得して欲しいと打診を受けた櫻は、その不登校生の姉兼生徒会副会長でもある琴宮遙(ことみやはるか)の元を訪ね、自宅に伺ってもいいかの旨を伝える。しかし、その頼みになぜだか渋る遙。対して自分の株を上げるチャンスを棒に振りたくない櫻。こう着状態が続いたため、遙は「馬鹿と天才ゲーム」と呼ばれる心理ゲームで決着をつけることを提案する。

未知のゲームながらも櫻は内心ほくそ笑んだ。なぜなら、彼には「ミニッツ」があったから。

それぞれの思惑が交錯する騙し合いの物語

基本的に登場人物のどいつもこいつも嘘をついて喋っているのが笑えますw 彼ら一人一人には何かしらの思惑があり、それを決して悟られないようするがために行動から発する言葉一つまで偽りで武装している。そこで内面を探れるのは他でもない読者である我々だけであり、その心に抱いている思いと実際に言ってることのチグハグ具合、そしてそれを当然とする彼らの白々しさが何とも面白い。

こういった内容故に、キャラクター同士の会話が軽妙で純粋に楽しめる作品だと思いました。中でも主人公なんて理想とする偽りの自分を完璧に演じるほどの捻くれヤローなだけあって、外面は優等生発言でもその心中は周りの人間を舐め腐ってしかいないから笑えます。主人公以外も基本的に頭のネジがぶっ飛んだ負けず嫌いばかりで、本音を吐露しない騙し合いの精神が蔓延った世界が作品全体を通して繰り広げられているのは、最近はご無沙汰な作風だっただけに魅力的だと感じました。

登場キャラクターが魅力的

例えば主人公の櫻。能力持ちの野心家で崇高な目的のためには努力を惜しまないという人物像は、分かりやすく他作品で例えると『デスノート』の「夜神月」や『コードギアス』の「ルルーシュ」などが挙げられるでしょう。彼らに共通しているのは、現代科学のセオリーから外れた超能力の発現をきっかけとして己の抱く野望に着手するということ。その力は他を圧倒する絶対的能力であるが故に、彼らの脳内支配構造は自分を常にトップとし、周りの人間を駒か何かとしか思っていない。だから基本的に自信家で、あまり感情移入できるようなキャラクターではないことが多い。

そんな中でこの櫻という少年は、前半部分は計算高く人を舐め腐ったようなヤツで正直かなりイラッとさせるのですが、能力に致命的な弱点があったり喜怒哀楽の哀を抑えることがとてもとても下手で超涙もろかったりと、完璧超人ではない人間味のあるキャラクターがいい味を出していて好印象でした。どこかに弱点を持つ主人公は物語にも予期せぬ展開を誘発させ、読者としても楽しめる部分が大きいです。

他にも遙の妹である彼方という少女は、前半と後半でかなり印象が変わってくる面白いキャラクターです。この世をどこか達観したような狂気さえ感じさせる開き直りの精神。読者にゾクッと感じさせる行動やセリフ回しなどは見事で、彼女を始めとした登場人物の多くが全体的にうまくキャラ付けできていたと思います。

「馬鹿と天才ゲーム」って正直どうなんだろうか

ただ個人的に不満と感じるところもあって、それはあらすじでも大々的に紹介されている「馬鹿と天才ゲーム」が物語の導入でしかなかった点です。個人的希望ではあるんですが、騙し合いストーリーでこのようなゲームを登場させるのならば、そこは一貫してルールに則った知略ゲームを全編に渡って展開させて欲しいと思いました。騙し合いを主軸にしながらも表現されているのはどちらかといえば人間ドラマが主たるところで、そういった意味ではそれこそ『デスノート』や『ライアーゲーム』などのような全編を通して知略バトルで構成されている作品を期待してはいけません。

あと、そもそもこの「馬鹿と天才ゲーム」というゲーム自体もどうなんですかね。馬鹿は意味わからんの一点張りで負けがないならばそれはもうゲームとして破綻している気もするんですけど。確かに勝ちはないけどそんな裏技めいた負け回避が可能なゲームは公平といえるのかという話。遙の安易すぎる負け方にも残念な気持ちになりましたし……。僕がこの「馬鹿と天才ゲーム」に期待しすぎたというのも多分にあるけど、だったらこのゲームを推すような紹介文は詐欺でしょ。アイデアはいいけど、作品への落とし込み方が間違っているように思えてなりません。

総評

ミニッツというメリットもデメリットも持ち合わせた能力のアイデアは面白く、またそれを操る主人公も人間味溢れる読者の感情移入に足る人物像でとても読みやすい。主人公以外のキャラクターの個性付けも上手く、セリフ回しなども軽妙で読んでいて凄く楽しかったです。著者の方にとって本書がデビュー作ということを考慮に入れれば、予想していたよりもレベルの高い作品で嬉しい誤算でした。

ただし、個人的に結構面白いと感じたからこそ厳しく言いますが、『ライアーゲーム』などの知略バトルを期待して読むと確実に肩透かしを食らう内容であることは強調しておきます。特に肝心の騙し合いを象徴とする「馬鹿と天才ゲーム」に関しては再考の余地が伺え、知略バトルがメインでなくそれを通した人間ドラマが本書のウリとするとしても、ゲーム自体の構想はもっと練った方がいいと強く感じました。

続巻が出るのかは分かりませんけど、期待できる作家さんがまた一人増えたのは何よりの収穫。今後の活躍を期待しています。

ミニッツ ~一分間の絶対時間~ (電撃文庫)

ミニッツ ~一分間の絶対時間~ (電撃文庫)