チェンライ・エクスプレス

最近ラノベの感想ばっかでゲーム系ブログとしての体裁が形骸化しているような気がしているこの頃。そろそろゲームの感想も書きますが、とりあえず新刊が多い5月はラノベ中心で。

あらすじ

アジアの一角、チェンライン王国。広さはおおよそ大阪府と同程度の規模を誇る小国であるが、ここには何の因果か、人の姿をしながらも人ならざる者「人外」の者たちが人に紛れて住んでいた。彼らは何食わぬ顔で日々の生活を送りながらも、心の中では人と同じように悩みや願いを抱えている。

例えば、人造人間の男の子は心が欲しかった。落ちこぼれな魔女の女の子はその男の子に淡い恋心を抱いていた。クラブでDJをしている死神はなくしてしまった自分のカマを探していた。吸血鬼は意中の女性の血を死ぬまで吸い尽くしたかった。アンデットはどうにかして死にたかった。ウサギはご主人を探していた。狼男はカジノで一攫千金を狙っていた。人魚は…… そして神様は……

今宵は満月の夜。彼らの願いが叶うかもしれない夜。様々な思いが交錯するこの極東の地で、人外たちは複雑に絡み合い、一つの物語を紡ぎだす。

舞台はアジア極東の地、人外たちによる群像劇

様々なキャラクターが入り乱れて一つのお話が紡がれるといういわゆる「群像劇」です。そして、そこに出てくるのはほとんどが人ならざる者「人外」たちであり、一癖ある物語が展開されます。

様々なキャラクターが動いているのをコマ切れに見せることで一つの物語が形成され、それぞれのシーンが絡み合って伏線を氷解させる群像劇の面白さは十分出せていたんじゃないでしょうか。チェンライン王国の地理は割と複雑で、かつ登場人物の多さは若干の取っ付きにくさを感じさせつつも、計算された物語の運び方はそんな懸念も吹っ飛ばしてくれて、著者の力量を感じさせてくれました。

登場人物のほとんどが「人外」であるというのは、本書の大きな特徴の一つです。見た目は人間の彼らも、ここぞという場面では各々が如何に人間離れした存在であるかを証明するかのようにその能力を見せ付けてくれます。人外やら何やらという設定自体に新鮮味はないかもしれませんが、本書ではその人外であるという事実を隠して普通の人間を演じている彼らが、群像劇という見せ方を如何なく応用しているかのようにそれぞれのシーンで次々と本性を見せてくれて、ぶつ切りでも物語は盛り上がり読者を退屈させません。またその中で暗躍する「ジンノ・リョウイチ」というキャラクター、ジンノグループのトップである彼はこのチェンライン王国を影で支配するような存在とも言えそうですが、そいつが全ての登場人物と唯一繋がっている人物であり、彼の動きが物語を二転三転もさせることで予想がつかない展開が生まれ、ミステリ的要素も感じることができて読者の期待を煽るような「読ませる力」に満ちている作品だと言えましょう。

ああ、あとこの世界観に関しても触れておかなければなりません。

チェンライン王国、アジアの一国である極東の地には、ジンノグループが中心となった高層ビルやショッピングビル、屋台などに至るまで経済施設が並ぶ商業区から、高級ブティックやカジノ、キャバクラが軒を連ねる歓楽街、ならず者が蔓延るダウンタウンなどがあり、アジアの大都会らしいなんともエスニックな街並みが緻密に描かれています。イラストの力も多分にありますが、この完成された世界観はどこかの一国をリアルに想像させるほどに生々しくて、読んでいる最中は本当にこの世界に紛れ込んでしまったかのように没入させてくれたのが驚きでした。ありえそうな国でありえない存在がいるというのもファンタジーとリアリズムが絶妙な具合に融解していて、本当に、単純に、ワクワクして読んでいる自分がいたと思います。

清々しい読後感

群像劇としての見せ方が上手いというのは前述の通りですが、同時に彼らのそれぞれの物語の締め方が納得のいくもので、清々しさすら感じる読後感があったというのも僕が本書に対して良いイメージを持った一因です。

主要登場人物は11人。僕が中でも気にいったのは、トウアという人造人間の少年と落ちこぼれな魔女マナにまつわるお話です。

トウアという少年は何も生まれた時から感情がないわけではありません。ある甚大な被害を被った事件に巻き込まれたことによって、彼は瀕死の危機にさらされます。それを奇跡的に救ったのが彼の祖父であるタントラ博士でしたが、神にも背く行為は彼から感情を奪い取りました。さて、そこでマナはというと、実は彼女もその事件の被害者だったりします。彼女がそこで生き残れたのは、そう、ほかならぬトウアが身を呈して助けてくれたからなんです。こんな経緯があったら、惚れないわけがない。でも、マナの気持ちも痛いほど分かるのですが、感情を失ってしまったトウアには恋愛なんて器用なことができるはずもなく、現実はただひたすらに残酷です。

「僕はあの列車の事故で多くのものを失ったらしいよ。そう博士が言ってた」
両親、記憶、感情。失ったものは多い――だが、元からそんなものはなかったのかもしれない。あるいは、親など最初からいないのかもしれない。だとしても何が変わるわけでもない。トウアはそう思っている。
「わたしもあの列車に乗ってたの。事故の時に列車から落ちそうになって、でもトウアくんが助けてくれたんだよ」
「そうなんだ」
「トウアくん……憶えていない?」
トウアは首を横に振った。
「そう……やっぱり憶えてないんだ……」
マナはそれきり黙り込んだ。さっきよりもさらに落ち込んでいる様子だった。マナに合わせてトウアも黙っていることにした。


チェンライ・エクスプレス / 電撃文庫 / 百波秋丸 / 150〜151ページより

ただでさえ不器用なのに、そんな残酷な現実の前で何とかしようとするマナはあまりに健気で、全力で応援したくなりました。どうかこの二人には報われて欲しい。好きとも嫌いとも言えないなんてあんまりじゃないか。無関心ってやつは何よりも人を傷付ける行為にほかならないんだから。

そんな痛切な思いを抱きながらだったからか、ラストを迎えた時は本当にそうなって良かったと思えました。とても温かいラストです。このハチャメチャな群像劇を締めるのに相応しい、清々しい読後感をもってしてチェンライン王国で紡がれる物語は幕を閉じます。

第18回電撃イラスト大賞《金賞》

絵に関しては門外漢なので専門的なことは分かりません。素人の意見ではありますが、それでもこの絵はなるほど、確かに魅力的な絵柄だなと思います。

なんと言っても、普通に絵がとても見やすくて綺麗です。言葉で表現するのは難しいですが、作画がとても安定したアニメの画を見ているようで、動きを感じさせる場面は大きな躍動感を、静けさを出すべき場面はその空気感を押し出し、物語を見事に盛り上げていたと思います。

これって元から全てカラーで描かれていたのかな? 多分そんな感じなんですけど、それを白黒印刷したからなのか奥行き感もあって凄い贅沢なんですよね。背景の描き込みにも妥協が感じられないのがポイントで、見方としては新鮮味はない画風とも言えちゃうかもしれないんですけど、ラノベでこれだけ丁寧な挿絵が珍しいという意味では、評価されるべきところなんじゃないかと思います。

総評

登場人物の多さが物語に若干の猥雑さを与えているなど難アリな部分も多少見受けらますが、人外が繰り広げる群像劇という発想はとても面白く、またその物語自体も、群像劇ならではのキャラクターが様々な場面で絡み合い物語を一つにまとめていく面白さをきちんと表現できていて、本書ならではの魅力が十二分に詰まっていると言えるでしょう。また、チェンライン王国というエスニックな雰囲気を感じさせる緻密に描かれた世界も魅力的で、正直本書のみで終わらせるにはもったいないとまで感じさせます。でもこの物語はこの綺麗なまま終わらせてもいいんじゃないかという相反する思いもあったりして、このジレンマは如何ともしがたいところですが、果たして。

人外たちが織りなす物語はどこかキテレツで笑いも誘いつつ、それぞれのラストは微妙にほろ苦いものから清々しいものまで、様々です。中盤までは群像劇ならではの軽妙な物語の展開に身を任せて、終盤は次々と幕を下ろすそれぞれの物語にグッと来て欲しいと思います。

あれ、そういえば約一名カジノのオーナーだけはどうしようもなく救いがなかったような気が……まあいいかw

チェンライ・エクスプレス (電撃文庫)

チェンライ・エクスプレス (電撃文庫)