楽園島からの脱出

あらすじ

極限ゲームサークルとよばれるものがあった。活動内容はゲームの開催。脱出ゲームなどを生徒向けに開き、極限状態に置かれた人間がどのような行動を取るのか、その心理を観察する。

沖田瞬は脱出ゲームの達人だった。脱出にかかる時間を縮めることを目指しながら、同時に他のプレイヤーを出し抜き利益を一人占めした上でゲームを終わらせる。ゲーム部の面々としても要注意の人物としてマークされていた。

そんな中、また新たなゲームが始まろうとしていた。ゲーム部員も含めた総勢100人が集まる規模の前代未聞な脱出ゲーム。集められた生徒たちは人が誰も住んでいない南の島からの脱出を目指す。その賞金額、リアルマネーで100万円。生徒たちはこれがいつも学校で行われるゲームとは一線を画するものであると気付き始めていた。女子の装備には、不可解にもスタンガンが用意されていたから。

極限状態に置かれた人間の強欲さと言ったらない

「ゲーム小説」という言葉の定義がいまいち曖昧で、一般的に原作がゲームである作品を小説化したものがゲーム小説と言える気がしますが、ここでは著者考案のゲームの上で展開される物語を持つ作品がゲーム小説とします。それを踏まえて、やっぱりこのゲーム小説ってやつは面白いなと思うわけです。

高校生が閉鎖空間で与えられたゲームに興じるってのは、設定的に某殺し合い小説を彷彿とさせるところがあります。……ああ、一応補足しておくと本書には殺し合い的な血生臭い描写はないのであの作品よりは一般的に読みやすいものなんじゃないでしょうか。さて、殺し合いはなくともその本質には似たものがあるなというのが僕の思うところなのですが、つまり極限状態に置かれた人間(それも共通するのは人間としてまだ未熟な高校生という年代)というのはこれ以上ないほどに彼らの性格の本性が出てくるもので、心に壁がない等身大な人間がぶつかり合うことで生まれる物語というのは、ある意味とっても人間味に溢れていてドラマティックだと感じるわけです。

本書に用意されている脱出ゲームは、基本的にみんなが協力すれば仲が壊れるようなこともなくそのまま脱出も可能というある意味親切心に溢れたものと言えます。だけど、そこはやっぱり人間。個性も十人十色な人間が100人も集まれば中にはスレたやつもいるわけです。

脱出ゲーム内にはリアルマネーに換金することができる宝石類が登場するのですが、これが人間の強欲さという汚い部分を呼び覚まし彼らの仲をかき乱します。なぜ彼らがここまでこの宝石に執着してしまったかと言えば、それはその付けられた額にほかなりません。驚くべきことに、数は少ないながらも主人公が偶然手に入れた宝石には100万円もの額が付けられていたのです。これを知った一同はお小遣い程度のものという認識しかなかった石ころに対する見方が豹変し、ゲームへの取り組み方がより欲望にまみれることとなります。こうなると対立は避けられないもので、様々な人間の思いが交錯した複雑怪奇な展開へと突入するのです。

ここに女子のみに支給されてたスタンガンの存在などが絡んでくると、物語はいよいよ平和的前半から暗雲立ちこめる後半へとスライドしていくことが手に取るように分かり、読者としても目が離せないこととなります。非日常の環境で彼らはどのような行動を選択するのか、ゲーム小説の面白さはこの人間の生々しい心の移り変わりにあるんだと僕は感じました。

巨大な檻、スタンガン……無人島にそぐわない物が用意されていた意味

別にこれらの道具を使用しろと運営側から強制されているわけでもなく、特にスタンガンというのは、ここでは男女が寝食を共にするんだから何か間違いが起こらないようにという狙いがあって支給されたものと生徒は思い込み、檻に関しては謎に包まれながらもゲームはつつがなく進行していく。

この段階で生徒たちはスタンガンを意図的に人に向けて使用するという発想がないし、そもそも使う勇気もない。なぜなら、用意されていたゲーム内容を今一度咀嚼しても使うべき時が見当たらないからです。日常ではクラスメイトとして友達同士であった彼らが、どうしてスタンガンなんて物騒なものを振るうことができようか。そのように高校生という若年の彼らが考えるのは必然であり、だからこそこのスタンガンは護身用であることを信じて疑わない。だけど、嗅覚に優れているやつは気付くんです。スタンガンの利用方法がこの脱出ゲームにあると見抜いてしまう。そして使ってしまったら最後、ならば私も、私もという風にその思いは波及していく。

「あれは使ってはいけないものだった」
その言葉に斉藤もうなずいた。同感だった。手際よく問題解決をした沖田だが、大きな間違いを犯してしまった。問題を縮小させたのではなく、新たな戦略を提示しゲームを拡大させてしまったからだ。
あの光は変化の象徴だった。生徒たちの心情はあの電光を見て大きく変わったはずだ。このゲームには強者と弱者が存在し、その武器は手元にある。そして使わない人間は弱者に成り下がる……。
「あいつは他人の痛みに鈍感だ。だから、女が痛がりだということに気づいていない。女は強い感情であっさりとモラルや理性を超えるからな。それを知らないあいつは、必ず失敗する。」


楽園島からの脱出 / 電撃文庫 / 土橋真二郎 / 282ページより

非日常の象徴ともいえるスタンガンを学友に使うなんてゲーム開始当初は考えられなかったのに、誰か一人がその線引きを侵してしまえば人間の自制心なんて簡単に崩壊してしまう。ではスタンガンの利用方法が確立しようとしている時、同じように用意されていながらもその使用用途が不明だった檻はどのように使うのか。人間くらいなら入り込めそうなサイズには、果たして何を入れろというのか。徐々にゲーム自体への疑念は高まり、同時に生徒たちの分裂は始まっていきます。

果たしてこの脱出ゲームの先に待ち受けるものは何なのか。本書では本当にいいところで終わってしまうのでそれが明かさせることはないのですが、いくら人間本性は汚いといっても中には正義感溢れる子もいたりするので、何とか後味悪くないラストを迎えて欲しいなと思っちゃいました。

総評

土橋先生の作品は本書が初めてでしたが、なるほど、この人の書くゲーム小説ってのはこういうものなのかと分かったら俄然他の作品にも興味が湧いてきました。そうやって思うほどに個人的に面白いと感じた作品です。

極限状態に置かれた人間の本性って、凄く汚いやつもいれば中には正義感に突き動かされるやつもいたりして、それがゲームの展開を二転三転させる要因になっているのはこの上なくリアルで何だかやるせない半分、こんな状態だからこそ繰り広げられるドラマがあるというのも分かってしまって結局読むのに熱中してしまいました。謎に満ちた檻やスタンガンの存在も後半のドロドロした展開に良く効いてきて、物語の構成自体も読者を退屈させないようよく練られていたと思います。登場キャラが多いながらもしっかりと個性付けできていたのは、土橋先生の得意ジャンルだけあってさすがといったところでしょうか。

とてもいいところで終わってしまったので続刊に期待。よりドロドロしそうな展開に目が離せません。

楽園島からの脱出 (電撃文庫)

楽園島からの脱出 (電撃文庫)