サイハテの救世主 PAPERI:破壊者

サイハテの救世主  PAPERI:破壊者 (角川スニーカー文庫)

あらすじ

「ちくしょう…馬鹿にしやがって…今に見てろ…」
“天才”佐藤葉(さとうよう)は、世界を破滅に招く「破壊者」についての見解をまとめた論文を発表したが、その凡人には理解を超えた妄想めいた内容に嘲笑にさらされた。世界の笑われ者となった彼には、論文を書き上げるための時間が必要だった。世界を見返し、唯一無二の天才の称号に返り咲くために。

そうして彼は、アメリカから逃げるように日本の南端、沖縄へとたどり着く。同世代の女の子、濱門陸(はまじょうりく)や多くの地元民との新しい出会いもありながら、彼はひたすらに論文を書き続ける。妄想卿というレッテルを貼られたまま落ちぶれてしまうようなザマは、彼のプライドが許さなかったからだ。

だが、同時に彼の中で妙な違和感がくすぶっていた。なぜ彼は論文を書き上げる土地として沖縄を選択したのか。それがどうしても思い出せない。――彼の記憶は一部失われていたのだった。

居場所を失った孤独な天才が、己のあるべき姿を模索する物語

10代で博士号を取り終えて、そのまま若年にして名誉教授になってしまうまでの人が現実にいるとしたら、その人の交友関係というものはどんなものなんでしょうか?飛び級していれば同世代の友達なんか当然できないし、ましてや10代にして教える立場になったら、それが過去例のない偉業だとしても確実に何かが歪みそうな気がします。どんなに論文が称賛されようとも、隠しようのない孤独感は永久的に付きまとうことでしょう。

佐藤葉は、天才であるが故にまさにこういった境遇にさらされている男です。常に孤独と戦う彼にとって、天才と呼ばれる地位で成し遂げた数々の偉業は彼の全てでした。それが、一瞬のうちに瓦解してしまったらどうなるのか。彼の集大成とも言える論文が荒唐無稽と評され、今まで羨望の眼差しで見ていた者たちから急に笑われ者にされてしまったらどうなってしまうのか。想像に難くありません。彼はアメリカを飛び出し、逃げるように沖縄にたどり着いたのでした。

「せっかく沖縄に来たなら。ゆっくりしていけ。ここは好いヤツばかりさ」
一瞬、アメリカで出会った老人の言葉が蘇った。
あそこは好いヤツばかりさ――。
そう言って、笑っていた。
「あの老人も――そう言っていた」
「だはずよ。ここは傷を癒やすには、いいところだ」


サイハテの救世主 PAPERI:破壊者 / 岩井恭平 / 90〜91ページより

期待、羨望、侮蔑、嘲り、そんな感情とは無縁の世界。沖縄で出会う人は誰もが温かく、みんな葉のことを色眼鏡で見ないで歓迎してくれるのです。論文を書き上げて世界を見返すという信念は揺るがずとも、沖縄が生み出す恒久的な平和に彼は確実に感化されていきます。「栄養の摂取などサプリメントで十分だ!」と豪語する男が、沖縄そばを食べた時に「食えなくはないな」と口をついて言葉が出てきたのは印象的でした。

しかし、そんな折に彼は自分の記憶に自信が持てないという事態にぶち当たります。なぜ自分は論文執筆の場所に沖縄を選んだのか。確かにアメリカで出会った日本人から沖縄にある家を買い付けたことが原因ではあるんだけれど、どうにも腑に落ちない気持ちに整理がつかないでいる。もっと何か理由があったんじゃないか?天才である自分なら沖縄にそれなりの理由を見出してから来るんじゃないのか?その答えが分かる時、読者は彼の壮絶な運命を知ることとなります。中盤までにかけては、一々天才故の上から目線の発言が鼻に付いてイラッとする部分もあるんですが、彼が抱えているものが段々と見え始めてくるとその考えも霧散するはず。本書が面白いのは、こういった導入と結末の激しいギャップにあります。葉の気持ちに関してもそうですが、同時に平和に見えた沖縄が激変する様は前半部分と比べると衝撃的でしょう。

本書は、あくまで佐藤葉という男にスポットを当てたお話である

沖縄には、濱門陸を始めとした魅力的なキャラクターがたくさんいます。ボロボロな状態で沖縄に来た葉に影響を与えるという意味では、作中における彼女たちの役割には大きなものがあるのですが、基本的に本書は佐藤葉という男の数奇な運命がテーマとなっているため、特に後半部分では出番が少なくなっているのが惜しいと感じました。「落ちぶれた天才が新たな自分を見つける」物語としてはよくできていると思いますが、間違ってもラノベのお約束的展開である「ヒロインとの淡い恋」であるとかそういった部分はあまり期待しない方がいいです。

ストーリー的には良く出来ていたと思います。ただ、まあ不満とまではいかなくとも、せめて陸ぐらいはもうちょっと話に絡められなかったのかなーと寂しくなっちゃいまして…。だってねぇ、表紙でも挿し絵でも出てきてるんだからある程度の活躍は期待しちゃうってもんですよ。キャラも特徴的で物語にも凄い映えるんだからその思いはより一層強かったというか、続巻でもこういう扱いだったらサブ的ポジションが確立しそうで恐怖を感じています。

やっぱ沖縄っていいな!

まあだとしても、前半部分の暑い夏に映える青い海であるとか料理が美味そうであるとかシーサーであるとか、そういった沖縄の美しい情景であったり文化であったりといった日常的部分が描かれているのは、本書の魅力の一つですよね。もうね、ホントに沖縄に行きたくなる。同じ日本でも、まず生えてる木が違うわけですよ。いわゆるヤシの木ってやつで、これってよそ者にはまず目につくところなんです。そんな細かいところでも、本土とは明らかに違ったあの和洋折衷な空気感はやっぱり面白いし、魅力的だと感じます。あとは方言!沖縄弁ね!陸が話す沖縄弁は明らかに活字に起こした時にちゃんと読めるよう意図されたものではあると分かっても、それでもやっぱかわいいね!方言喋る女の子はどこの地方でもかわいいという説はあるけどね!「はいさい!」とか言われたら普通にニヤけそうで怖いね!

そんなことまで思わせる本書、ある意味一度で二度おいしい。イメージ的には、『サマーウォーズ』の田舎の夏的なものが気に入った人は本書を読んでも満足できるのではと思います。行ったことある人はなおさらね!

総評

主人公である葉の記憶が曖昧な部分というのは本書の大きなポイントで、これがやっぱり読者としても気になるところで一気に読ませる構成は見事だったと思います。オチに関しても破綻しておらず納得のいくもので、新シリーズとしては上々のスタートなんではないでしょうか。僕が微妙に不平をもらした陸たちの出番の少なさは人それぞれだと思いますが、先ほども述べた通り「天才・佐藤葉」の物語としては本当に良くできているんです。彼が自分自身の数奇な運命に抗う姿は心打つものがあるでしょう。ただやっぱり、陸たちが後半もっと動いてるところを見たかったというのは拭えない!今後どうにかなりませんかね?ね?ね?

日本の夏が感じたいという人にもおススメ。とりあえず、僕はパックの沖縄そばを食って何とか誤魔化した次第です。まーさん!!