ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生

というわけで『ダンガンロンパ』なのでございます。今更感は多少ありますが、続編が7月に発売するということで6月のAVGラッシュに続く締めの一本としてとても期待しています。だからその前に1作目の感想をきちんと書いて脳内を整理しておこうかなと、そんな魂胆なわけです。

アドベンチャーゲームといえば、

基本的にはテキストを読み進めていき途中で提示される選択肢を選び物語を進めるというのが一般的ですが、昨今のゲーム市場ではそんな古臭いゲームは間違いなく埋もれてしまいます。元々「AVGないしADV」というジャンルはそこまで人気があるわけではありません。RPGやアクションがミリオンヒットを記録するなど盛り上がりの様相を呈しているその裏で、アドベンチャーはひっそりと根強いファンに支えられている言わば“陰”のゲームジャンル。嘆かわしいことですがこれが現実なのです。

だから、という直接的な因果関係があるからなのかは分かりませんが、AVGがもっと陽の目を浴びるためにもということで意欲的な挑戦が光る作品は増えつつあります。AVG屋ともいえる5pb.はギャルゲーはもちろん、『シュタインズゲート』を始めとした「科学アドベンチャー」シリーズで360市場に殴り込みにかかりましたし、それが今ではアニメ化を経てPSハードにも移植されここ2〜3年で最も売れたAVGとしてゲーマーの記憶に刷り込まれることとなりました。メーカーの試行錯誤の末に、徐々にAVG復権を取り戻しつつあるのかもしれない、そんな期待をファンに抱かせてくれているのが現在のゲーム業界と言えましょう。

そこで、同じく意欲的な作品として異例のヒットを飛ばしたのがスパイク渾身のAVGダンガンロンパ』なわけです。

意欲的なシステムと一口で言っても

その定義は正直曖昧なところでありますが、例えば『シュタゲ』なら「フォーントリガー」、『逆転裁判』なら「法廷パート」といったように過去に例のない斬新なシステムとここでは定義づけします。その上で考えると、『ダンガンロンパ』における意欲的なシステムとはやはり「学級裁判」となるでしょう。

見た感じ「法廷パート」とかなり似た部分も見受けられる「学級裁判」ですが、ここで「学級裁判」を唯一無二とするのが“アクション要素”の存在です。

プレイヤーは学級裁判において、相手の矛盾を指摘したり圧倒的閃きを必要とさせるシーンでは、証拠や証言を「弾丸(ダンガン)」として装填し、相手のセリフなどにシューティングよろしく狙い撃ちしなければなりません。この間議論は常に流動的に動き続けるため、様々な偽装セリフの中に紛れ混んだ指摘しなければならないセリフは待ってくれない。思考を巡らせなければならない状況下に矛盾を指摘するためのシューティング要素が合わさることによって、プレイヤーは推理力や判断力のみならず、反射神経や即断する力が求められることとなります。

こうした要素がゲームに瞬発力をもたらし、「学級裁判」というキモともいえる場面においては間違ってもプレイヤーを退屈させることはありません。プレイヤー自身が議論に参加している空気が十分に感じられ、そうしたプレイの末に物語の真相が氷解していくのは今作独自の爽快感を感じさせました。

さて、『ダンガンロンパ』を『ダンガンロンパ』たらしめる要素は

なにもシステム面だけにあるわけではなく、もっと分かりやすい部分にも見て取れることを書いておかなければならないでしょう。

それはなにかといえば、キャラクターデザインを始めとした世界観にほかなりません。

「ポップでサイコ」という言葉は今作を形容する上で最も適したものであると言えそうです。その中でポップさを一番に感じるのはキャラデザ、そしてその絵の見せ方。論より証拠、キャラデザに関しては公式サイトなりで見ていただくのが最も手っ取り早いでしょう。そうした見た目はもちろん、これらのデザインには彼らの「超高校生級」たるタレント性から滲み出る圧倒的個性がそこかしこに感じられ、一癖も二癖もある性格が見事に描き出されているように思えます。これに豪華声優による演技が加わることで彼らのキャラクター性は確固たるものとなり、物語をこれでもかと盛り上げてくれるのです。

「見せ方」とは、これはアート的見地からの物言いとなる部分がありますが、例えばキャラの立ち絵にしても背景にしてもそれらがとても凝っていて独創的なんです。学級裁判における立ち絵は、表現するなら3D空間に一枚絵が立っている言わばハリボテのような見せ方。そして探偵パートにおける背景は、“逆ドミノ”のように次々とパーツが組み合わさって部屋を構築していく演出方法。これらのアーティスティックな演出は、通信簿での美術の評価が五段階で万年「2」だった僕にもどこか芸術的であると思わせる「分かりやすさ」があり、今作独自の世界観構築に一役買っていたように思います。

これらのポップさと同居するのが「サイコ」であるというのが『ダンガンロンパ』の面白い特徴でしょう。殺人がいつ起きるのかというおどろおどろしさはプレイヤーを常に不安にさせる力があり、無骨な校内もまた恐怖を煽る立役者です。そして、そういった不安を感じさせる最上位の存在として君臨するのが、今作のマスコットキャラともいえる「モノクマ」なのです。

あの見た目で過激な発言が次々と飛び出すことに加えて、それが国民的キャラでもある「ドラえもん」の声に乗せられていることにはかなりの異様さを感じさせ、このモノクマとの対峙によってプレイヤーは『ダンガンロンパ』というゲームがどんなものであるのかを初めて知ることとなります。すなわちそれは、この希望ヶ峰学園においてはモノクマヒエラルキーのトップに君臨しているということ。そしてその圧倒的な存在感を持ってして、プレイヤーはいいように振り回される運命にあるということ。茶の間で聞いていたあの声の主は、ここでは悪役なんだと、その信じ難い状況を受け入れることで初めて真のコロシアイは始まります。

ゲーム全体を俯瞰した上で欠点らしい欠点もあるにはありますが、

それらも瑣末な問題であると感じさせるほどの面白さに満ちている、というのが僕の所感です。それほどに熱中してプレイできました。

意地悪く短所となる部分を挙げるとすれば、日常パートにおけるキャラクターへの好感度が物語本編に影響を及ぼさない点、クライマックス推理のイラストが分かりにくく理不尽、バックログの不便さなどアドベンチャーの基本システムが雑、などがあると僕は感じましたが……そういったネガティブな部分の前に、「学級裁判」の緊張感に満ちた展開や個性あふれるキャラクターの魅力が強く頭に残り、現在この感想文を書いている最中も正直どうでもいい短所だなと感じつつあります。

今作は気になった部分をネチネチと指摘するよりも意欲的な試みを褒めるべきゲームでしょう。それだけその挑戦が成功したタイトルであり、新規IPということを踏まえれば開発陣の功労はより大きいものだと思います。

総評

いやー面白かった。久々に寝る間も惜しんで日常に支障をきたすほど熱中したゲームでした。

何が面白かったってのはこの文中で説明した通り「学級裁判」の緊張感に包まれながらも推理力や即断力を必要とさせる点であったり、圧倒的な存在感を持つモノクマを始めとした個性溢れる世界観であったりといったところなんですが、最終的にクリアした後も好印象を抱き続けることができたのはシナリオ自体も良く出来ていたからなんだと思います。いまいち垢抜けない主人公が様々な殺人を目の当たりにして疲弊しながらも心を強くしていき悪に立ち向かっていくというのは、勧善懲悪というベタさを根底にしているからこそ安定感があり、何よりラストはジャンプ漫画のように熱くて痛快でした。

ゲーム音楽マニアとしてはサウンドも外せない要素でして、「ポップでサイコ」な世界観をより際立たせていた楽曲だらけだったと思います。特に感じたのは日常と非日常のギャップを上手く表現していたというか、非日常のおどろおどろしさという部分では8割方がサウンドによるところだったんじゃないでしょうか。学級裁判のスピーディな空気も複数の楽曲を鳴らすことでテンポの変化を上手く演出していましたし、そういった意味ではゲーム全体どこでも音楽の必然性を感じさせてくれて、今回の高田さんの功績はかなりのものであることが伺えます。

何はともあれ『ダンガンロンパ』、面白すぎました。この作品が口コミで売れに売れて結果10万本を超えたというのも至極納得できる話です。極めつけは続編発売決定であり、これは経営陣からも商業的に成功するタイトルだと認知させたことにほかならないわけで、ここまでの力強さを秘めた新規IPが生まれたことは素直に喜ばしいことかと思います。こういった作品をプレイして、また多くの人がアドベンチャーゲームに目を向けてくれるようになれば言うことないですね! 『ダンガンロンパ』シリーズがこれからも続いて欲しいと願う半面、開発陣には新たなAVGを作って欲しいという何とも贅沢なジレンマに悩まされつつ、とりあえずは続編である『ダンガンロンパ2』の発売までこのワクワクと共に待っていようと僕は心に刻むのでした。

ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生 PSP the Best

ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生 PSP the Best

2012年6月のゲーム、ラノベ

備忘録

ゲーム

ライトノベル

購入方針

圧倒的ゲーム月ですなー。個人的に最も期待しているタイトルは『ルートダブル』と『ロボティクスノーツ』の2大AVG。『EVER17』や『Remember11』などで監督を務めた中澤大先生が手掛ける最新作というだけで『ルートダブル』に期待が集まるのは必然ですが、それ以外の要素としても『センシズシンパシーシステム』や『RAMシステム』など意欲的な試みが多数散見されるところも今作の魅力でしょう。「全ての違和感には意味がある」とまで言われているストーリーにはかなりの自信が伺え、現在XBLAで配信されている体験版からもその一端を垣間見ることができます。購入日からは寝れない日が続きそうだぜ……。

ロボティクスノーツ』は説明不要な世間的にも注目度の高いタイトル。あの『シュタインズゲート』に続く科学アドベンチャーシリーズの最新作ということでかなり高いハードルを求められてはいるものの、AR(拡張現実)を主軸としたストーリーやシステムは昨今のトレンドを上手く取り込んでいて、『カオヘ』や『シュタゲ』にはない魅力を感じます。こちらは6月12日に体験版が配信されるのでそこでゲームの雰囲気を知ることができるでしょう。僕はあえて体験版はプレイしないかもしれませんが、どちらにしても購入は確定です。

あと買おうとしているのは『トーキョージャングル』、『カルドセプト』あたり。いい意味でのくだらなさに満ちた『トーキョージャングル』は往年のSCEを彷彿とさせる個性的なタイトルで期待度高し。『カルドセプト』はシリーズ未経験なんですが、せっかく3DS持ってるしネット対戦も可能ということでこれを機にデビューしようと考えました。ディープなファンも多いゲーム性は今まで僕がプレイしたことない類のものなので楽しみです。

ラノベは『エスケヱプ・スピヰド弐』や『トカゲの王3』、『ストライク・ザ・ブラッド4』あたりが確定。『エスケヱプ・スピヰド』は第18回電撃小説大賞《大賞》受賞作。僕もとても楽しんで読めた作品なので、自然と続刊にも期待が高まります。『トカゲの王』、『ストライク・ザ・ブラッド』は結構前に読んだから微妙に話忘れてるのが気がかりですが……どちらも気にいったタイトルなので講読決定。なんか今月も電撃ばっかだな……。他レーベルに関しては来月に気になるものが結構ありそうです。

今月はとにかくゲーム中心で。15章くらいで放置している『ファイアーエムブレム覚醒』をとっととクリアしなければ!

ルートダブル Before Crime After Days(通常版) - Xbox360 ROBOTICS;NOTES (通常版) - PS3 ROBOTICS;NOTES (通常版) - Xbox360 TOKYO JUNGLE (トーキョージャングル) - PS3 カルドセプト - 3DS

木崎くんと呼ばないで!

GA文庫大賞《奨励賞》受賞作

あらすじ

私立白台学園には3人の人気者がいた。その美しすぎる容姿から「宮様、宮姉様」と呼ばれそれぞれ異性に絶大な人気を誇る灘宮姉弟。そして、女でありながらもその男前な雰囲気が男女問わず魅力的と言わしめるジャージがトレードマークな通称「ジャー様」。本名、木崎湧。

ある時、学園に通うタクは、木崎が宮様の下駄箱にラブレターを入れようとする姿を目撃してしまう。その男勝りな佇まいに恋愛遍歴を感じさせない木崎に対して直感的に不安を感じ取ったタクは、彼女のためにもラブレターを無理やり改めずにはいられなかった。そしてその懸念通り、中身は果たし上もかくやといった男らしさに溢れていて、彼を絶句させることとなる。

そこでタクは決意する。俺が木崎を女の子にしてやると。宮様と並んでも恥ずかしくない乙女に仕立て上げてやると。

物語の展開に無理がある

まず初めに注意です。おそらく批判しかしません。読んで気にいったという人は全力で見ないことをおススメします。もし間違って見てしまった場合も、あくまで一つの意見として流してくれればと思います。

さて、色々言いたいことはありますが強く感じたことをまず一つ。とりあえず物語の展開に無理がありすぎです。それを決定的に感じさせたのが、木崎が乙女修行を果たして周りの人間からとんでもない美少女だと認識されるシーン。タクとのデートを始めとした乙女修行を通して徐々に女の子らしさを身につけていったというところまでは良しとしても、ジャー様なんて呼ばれていた木崎が制服を着ようとも見向きもしなかった男たちが、その乙女修行とやらで途端に態度を変え「木崎さん!」なんて呼んだりデートにまで誘おうとするのはおかしくないですか? 木崎の素材が良かったのならば、普段のジャージ姿から制服姿にランクアップした時点で多くの人間が気付くべき事実だと思うんですけど。それがギャルゲーを通した教育や一度のデートで認識を180度改めさせるほどの女の子らしさを生み出すなんてあまりに現実離れしているし、説得力がない。周りの態度の豹変ぶりがご都合主義を感じさせすぎて、読者が内容についていけません。

それから、この時点でタクと宮様の仲が唐突に上昇していることに関して特に描写がないのも甘さを感じさせるポイントです。特に距離が縮まるエピソードがないまま章を跨ぐと二人は親友同士になっているんですけど、さすがにそれはちょっとやり過ぎじゃないですか? 元はと言えば木崎のために情報収集がてら接近を試みた相手に対して、急に距離感を変えられると読者としてもその変化についていきづらいし、またしても説得力に乏しいため妙な違和感が発生してとても気持ちが悪い。

そして極めつけは最後の告白シーン。詳細はネタバレになるので割愛しますが、色々とあり得なさすぎです。なぜ主人公はそこでそんな行動に出るんですか? まだ事態が確定していない時点でそれは早とちりもいいところじゃないですか? 別に彼らはこの時点ではそこまで悪いことをしてないはずだし、八つ当たりが酷過ぎて読者の理解を超えています。結局物語の展開的に木崎とタクをくっつけたいからそんな流れにしたのかとこれまたご都合主義をひどく感じさせ、めちゃくちゃ萎えました。

根本的にキャラクターが気持ち悪い

ごめんなさい、もう悪口みたいになってますけど許して下さい。そう感じてしまったものは仕方がない。

まず主人公が生理的に受け付けませんでした。「ギャルゲー好きの非リア、しかし幼馴染持ちやらオタ美少女友達やら妹やらに囲まれている」というコテコテな設定にも言いたいところはありますが、そこを百歩譲るとしても、セリフ回しとか上手いこと言ってやったぜ的描写が寒過ぎ且つ気持ち悪いんです。これって結局は著者の方の文章と僕の感性が全く合わなかったという話なだけだとは分かっています。だからこそ好き勝手言わさせてもらいますが、全体的に上から目線というか、木崎に対しても「全く世話がかかるな……せっかくの日曜日だけどお前のためだし仕方ないからデート付き合ってやるよ」みたいな妙に達観した様が鼻に付いて本当に無理でした。いやだってお前ギャルゲー好きの非リアなんでしょ? その態度おかしくね? せっかくの日曜日とか言ってないで素直に美少女とデートできるんだから喜んでおけばよくね?

あと「LOVE」と「LIKE」のくだり! これはもう僕にはクリティカルヒットでしたよ……ただでさえ嫌悪感を抱いていた主人公が上手いこと言ってやったぜ的独白をするのは道民も驚きの氷点下ぶりでした。そういうの本当にいらないです。そんなポエム考えてる暇あったら物語を少しでも面白くすることに力を注いで下さい。

やばいな……いよいよ罵詈雑言的な様相を呈してきたぞ……でもまだ言いたいことがあるので続けますぞ……。

ネーナというキャラクター。ヒロインという位置付けではなく、主人公のギャルゲー好きを補足するために存在しているようなオタ趣味持ちのご都合主義全開なキャラクターですが、とにかく喋り方が気持ち悪い。普通に日本語喋ってるし物語に深く関わることもないしで交換留学生という設定を生かされることが1mmもなく、取って付けたように語尾に「デス」と付けて無駄に電波をまき散らすだけの存在にしか思えませんでした。実際大したことしてないしこの人いる必要性ありましたかね? 風呂上がりのサービスシーンのイラストだけのために無理やり作られたキャラクターとまで邪推してしまうんですけど。

多分、普段だったらちょっとひどいと思ってもここまで言うことないんですよね。ただなんて言うかな、本書の場合はとにかくキャラ付けがベタであざとくて見ていられず、加えてキザな言い回しが下手に鼻に付いて、絶望的に僕の好みと合っていなかったのが原因だったんだと思います。読み終わった後は、違う意味でもの凄い達成感を感じたし……。

総評

何だかまだまだ言い足りないことがあった気がするんですが、これ以上言っても批判しか出てこない気がするのでここら辺で締めることにします。

とにかく物語の構成にしても登場人物のキャラ付けにしてもご都合主義という壁が幾度となく立ちはだかり、読者を置いてけぼりにしながら凡庸とも言えない物語が延々垂れ流されます。それだけならまだしも、嫌悪感を抱かせる人には抱かせてしまう主人公のキャラやセリフ回しは聞くに堪えない代物で、著者の表現しようとしているもの全てが僕の好みとは見事と言っていいほど裏目に出る始末でした。

乙女育成系ラブコメなんて謳い文句もありますが、とんでもない。あれが育成ですって?? ギャルゲーから得た知識による教育でモテモテなんて超展開もいいところです。萌えも感じられるところが薄く、ラブコメを名乗るには全てが軽すぎます。

唯一良かったところを挙げるとすれば、みけおう氏による可愛らしいイラストでしょうか。ただそれも、木崎は本来小ぶりのおっぱいと書かれているのにイラストではネーナに張る巨乳ぶりに描かれていて違和感マックスだったわけですけど……。加えて男前な前半と女の子らしくなった後半の描き分けも出来ていないところが余計にクラスメイトの態度の変わりようを異様に感じさせ、残念でなりませんでした。

……ああ、遂に★一つを付ける日が来てしまったか。一体審査員は本書のどこを見て奨励したのか……もうGA文庫大賞はいよいよ信じることができなくなりそうです。もうこの方の作品を読むことはないかもしれませんが、大きなお世話だと思いますけど表現者としてこれに満足せず面白いものを追い求めて欲しいと思います。

木崎くんと呼ばないで! (GA文庫)

木崎くんと呼ばないで! (GA文庫)

楽園島からの脱出

あらすじ

極限ゲームサークルとよばれるものがあった。活動内容はゲームの開催。脱出ゲームなどを生徒向けに開き、極限状態に置かれた人間がどのような行動を取るのか、その心理を観察する。

沖田瞬は脱出ゲームの達人だった。脱出にかかる時間を縮めることを目指しながら、同時に他のプレイヤーを出し抜き利益を一人占めした上でゲームを終わらせる。ゲーム部の面々としても要注意の人物としてマークされていた。

そんな中、また新たなゲームが始まろうとしていた。ゲーム部員も含めた総勢100人が集まる規模の前代未聞な脱出ゲーム。集められた生徒たちは人が誰も住んでいない南の島からの脱出を目指す。その賞金額、リアルマネーで100万円。生徒たちはこれがいつも学校で行われるゲームとは一線を画するものであると気付き始めていた。女子の装備には、不可解にもスタンガンが用意されていたから。

極限状態に置かれた人間の強欲さと言ったらない

「ゲーム小説」という言葉の定義がいまいち曖昧で、一般的に原作がゲームである作品を小説化したものがゲーム小説と言える気がしますが、ここでは著者考案のゲームの上で展開される物語を持つ作品がゲーム小説とします。それを踏まえて、やっぱりこのゲーム小説ってやつは面白いなと思うわけです。

高校生が閉鎖空間で与えられたゲームに興じるってのは、設定的に某殺し合い小説を彷彿とさせるところがあります。……ああ、一応補足しておくと本書には殺し合い的な血生臭い描写はないのであの作品よりは一般的に読みやすいものなんじゃないでしょうか。さて、殺し合いはなくともその本質には似たものがあるなというのが僕の思うところなのですが、つまり極限状態に置かれた人間(それも共通するのは人間としてまだ未熟な高校生という年代)というのはこれ以上ないほどに彼らの性格の本性が出てくるもので、心に壁がない等身大な人間がぶつかり合うことで生まれる物語というのは、ある意味とっても人間味に溢れていてドラマティックだと感じるわけです。

本書に用意されている脱出ゲームは、基本的にみんなが協力すれば仲が壊れるようなこともなくそのまま脱出も可能というある意味親切心に溢れたものと言えます。だけど、そこはやっぱり人間。個性も十人十色な人間が100人も集まれば中にはスレたやつもいるわけです。

脱出ゲーム内にはリアルマネーに換金することができる宝石類が登場するのですが、これが人間の強欲さという汚い部分を呼び覚まし彼らの仲をかき乱します。なぜ彼らがここまでこの宝石に執着してしまったかと言えば、それはその付けられた額にほかなりません。驚くべきことに、数は少ないながらも主人公が偶然手に入れた宝石には100万円もの額が付けられていたのです。これを知った一同はお小遣い程度のものという認識しかなかった石ころに対する見方が豹変し、ゲームへの取り組み方がより欲望にまみれることとなります。こうなると対立は避けられないもので、様々な人間の思いが交錯した複雑怪奇な展開へと突入するのです。

ここに女子のみに支給されてたスタンガンの存在などが絡んでくると、物語はいよいよ平和的前半から暗雲立ちこめる後半へとスライドしていくことが手に取るように分かり、読者としても目が離せないこととなります。非日常の環境で彼らはどのような行動を選択するのか、ゲーム小説の面白さはこの人間の生々しい心の移り変わりにあるんだと僕は感じました。

巨大な檻、スタンガン……無人島にそぐわない物が用意されていた意味

別にこれらの道具を使用しろと運営側から強制されているわけでもなく、特にスタンガンというのは、ここでは男女が寝食を共にするんだから何か間違いが起こらないようにという狙いがあって支給されたものと生徒は思い込み、檻に関しては謎に包まれながらもゲームはつつがなく進行していく。

この段階で生徒たちはスタンガンを意図的に人に向けて使用するという発想がないし、そもそも使う勇気もない。なぜなら、用意されていたゲーム内容を今一度咀嚼しても使うべき時が見当たらないからです。日常ではクラスメイトとして友達同士であった彼らが、どうしてスタンガンなんて物騒なものを振るうことができようか。そのように高校生という若年の彼らが考えるのは必然であり、だからこそこのスタンガンは護身用であることを信じて疑わない。だけど、嗅覚に優れているやつは気付くんです。スタンガンの利用方法がこの脱出ゲームにあると見抜いてしまう。そして使ってしまったら最後、ならば私も、私もという風にその思いは波及していく。

「あれは使ってはいけないものだった」
その言葉に斉藤もうなずいた。同感だった。手際よく問題解決をした沖田だが、大きな間違いを犯してしまった。問題を縮小させたのではなく、新たな戦略を提示しゲームを拡大させてしまったからだ。
あの光は変化の象徴だった。生徒たちの心情はあの電光を見て大きく変わったはずだ。このゲームには強者と弱者が存在し、その武器は手元にある。そして使わない人間は弱者に成り下がる……。
「あいつは他人の痛みに鈍感だ。だから、女が痛がりだということに気づいていない。女は強い感情であっさりとモラルや理性を超えるからな。それを知らないあいつは、必ず失敗する。」


楽園島からの脱出 / 電撃文庫 / 土橋真二郎 / 282ページより

非日常の象徴ともいえるスタンガンを学友に使うなんてゲーム開始当初は考えられなかったのに、誰か一人がその線引きを侵してしまえば人間の自制心なんて簡単に崩壊してしまう。ではスタンガンの利用方法が確立しようとしている時、同じように用意されていながらもその使用用途が不明だった檻はどのように使うのか。人間くらいなら入り込めそうなサイズには、果たして何を入れろというのか。徐々にゲーム自体への疑念は高まり、同時に生徒たちの分裂は始まっていきます。

果たしてこの脱出ゲームの先に待ち受けるものは何なのか。本書では本当にいいところで終わってしまうのでそれが明かさせることはないのですが、いくら人間本性は汚いといっても中には正義感溢れる子もいたりするので、何とか後味悪くないラストを迎えて欲しいなと思っちゃいました。

総評

土橋先生の作品は本書が初めてでしたが、なるほど、この人の書くゲーム小説ってのはこういうものなのかと分かったら俄然他の作品にも興味が湧いてきました。そうやって思うほどに個人的に面白いと感じた作品です。

極限状態に置かれた人間の本性って、凄く汚いやつもいれば中には正義感に突き動かされるやつもいたりして、それがゲームの展開を二転三転させる要因になっているのはこの上なくリアルで何だかやるせない半分、こんな状態だからこそ繰り広げられるドラマがあるというのも分かってしまって結局読むのに熱中してしまいました。謎に満ちた檻やスタンガンの存在も後半のドロドロした展開に良く効いてきて、物語の構成自体も読者を退屈させないようよく練られていたと思います。登場キャラが多いながらもしっかりと個性付けできていたのは、土橋先生の得意ジャンルだけあってさすがといったところでしょうか。

とてもいいところで終わってしまったので続刊に期待。よりドロドロしそうな展開に目が離せません。

楽園島からの脱出 (電撃文庫)

楽園島からの脱出 (電撃文庫)

PS3/Xbox360『Z.O.E HD』公式サイトオープン!! すでに続編の話も……!?

ZONE OF THE ENDERS HD EDITION」の発売日が2012年10月25日に決定した。これは本日(2012年5月25日),東京新宿にて開催されたプレミアムイベント「ZONE OF THE ENDERS HD(はいだら)-NIGHT 宇宙最速〜ReBOOT Preview〜」にて発表されたもの。
通常パッケージのほかに,限定版,コナミスタイル限定の特別版も販売される予定で,価格は順に3980円,8980円,9980円(いずれも税込み)となっている。

さらに,ZONE OF THE ENDERS続編について,FOX Engineにのせて作れないか実験しているとのこと。まだ実験中ではあるが,小島秀夫監督は本気で続編を作ろうとしていると述べた。プロジェクトは始まったばかりではあるものの,プロデューサーの鳥山亮介氏を中心に進んでいるとのこと。

待ってましたああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!

いやー遂に『ZOE』シリーズも動き出しましたね! 名作ロボットアクションゲームである『ANUBIS』がHD画質で改めて遊べるというだけでも垂涎ものですが、まさかの続編についても話が飛び出してもうファンとして興奮せざるを得ないというかどうしようとりあえずPS2の『ANUBIS』でもプレイして落ち着こうといったところですよ!

とりあえず発売日も決定した『ZONE OF THE ENDERS HD EDITION』については、限定版の価格がやたら高いところが目に付きますが、通常版は良心的な範囲内なのでまあ問題ないかなと思います。だけど限定版に付く「ReBOOT BOOK」は正直欲しい……純粋な新作ではない作品にフルプライス価格を出せるのかというのはなかなか悩ましいところ。しかし『ZOE』というタイトルが再スタートを切ったことを記念して財布の紐が緩みそうな気配が満々で怖いですw

続編に関してはプロジェクトは始まったばかりということでまだまだ待つ必要がありそうですが、とりあえず公式に続編製作がアナウンスされたことに価値があるかと思います。今は公開された謎に満ちているコンセプトアートを舐めるように見て、何とか次の情報公開まで待つとしましょう!

兎にも角にも『ZOE』シリーズ始動おめでとうございます! これからに期待大!

ZONE OF THE ENDERS HD EDITION (通常版) - PS3

ZONE OF THE ENDERS HD EDITION (通常版) - PS3

情報が出る度に『那由多の軌跡』から溢れ出る得も言われぬ『ツヴァイ』臭

情報公開もかなり活発になってきた『那由多の軌跡』。発売まで残すところ2ヶ月強といったところでファンとしてはワクワクが止まらなくなってきた昨今ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

さて、今回いよいよ正式デモムービーも公開されてプレイ画面もかなり見えるようになってきました。視聴後の率直な感想としては、やはりこれはどう見ても『ツヴァイ2』の続編にしか見えないということ。ナユタの剣技とノイの魔法を使い分けるというシステムはもちろん、グラフィックの全体的な色彩なども温かみを感じさせる『ツヴァイ』シリーズに通ずるものがあったりして、意識してるのかしてないのかは分かりませんがとにかく『ツヴァイ3』を名乗ってもおかしくない作風です。だからなのか、やはりこのゲームが『軌跡』の名を冠していることにどうしても違和感を抱いてしまうというか、逆に『ツヴァイ』自体がなかったことにされていそうで一抹の寂しさを覚えるというか……色々と複雑なところではあります。

まあ、近藤社長としても色々と思うところはあるんでしょうね。かなりうる覚えではあるんですがゲーム雑誌のインタビューかなんかで、近藤社長がディレクターとして手掛けた『ツヴァイ2』がファルコムPCゲー史上最低売上本数を記録してしまったと書いてありました。それに加えてPSP版『空の軌跡』がジワ売れしていたという背景もあり、ファルコムはその舵取りをコンシューマに向けざるを得なかったわけです。しかしそれが今の躍進に繋がっているっていうのはなかなか面白い現象ではありますが、それにしてもあれだけ丁寧に作られていた『ツヴァイ2』が大爆死というのもショッキングな話。PCゲームだったから売れなかったのか? 『ツヴァイ』というゲーム自体がどこか地味だったのか? 売れなかった原因は定かではありませんが、近藤社長としても悔恨の念が残る作品だったことでしょう。

これは僕の邪推でしかありませんが、そういった悔しさをバネに作られた作品がこの『那由多の軌跡』だと思うんです。PSPの限界に挑んだグラフィック、剣技と魔法のヴァリエーション増加によるアクション部分の進化、有名声優を起用することでPSPユーザーのボリュームゾーンでもある中高生にもガッチリ対応するなど、『イース7』から『碧の軌跡』までに培ったPSPにおけるゲーム作りのノウハウをフルに生かし、極めつけはアクションRPGである今作に『軌跡』の名を付けてブランド的にも申し分ない状態に仕上げてきたことには、コンシューマ移行の最大の原因が『ツヴァイ2』だったと知ってる身としてはかなりの気合が感じられるわけです。

だからこそ、ここまで力が入れられている『那由多の軌跡』には是が非でも売れて欲しいところですし、『ツヴァイ2』というゲームが決して悪いものではなかったと証明して欲しいですね。そしてファルコムにはここで自信を付けてもらって、気が早いですがこれからも『ツヴァイ』風味のアクションRPGを作り続けて欲しいなと願っています。アクションとしては『イース』ももちろん好きなタイトルですが、個人的にこの『ツヴァイ』独特の温かさはなくなって欲しくないし、かといって『イース』にもってこられてもミスマッチこの上ない気がするのでやはり『ツヴァイ』的ポジションのゲームは需要があると思う次第です。『那由多の軌跡』で実績を作ることができれば、ハードを移しても売れるタイトルが作れると信じています。

何はともあれ『那由多の軌跡』、これからも応援してるよ!

那由多の軌跡(通常版) - PSP

那由多の軌跡(通常版) - PSP

エスケヱプ・スピヰド

第18回電撃小説大賞 《大賞》 受賞作

あらすじ

「鬼虫」と呼ばれる兵器があった。かつての戦争ではその圧倒的な性能をもってして、他国に大きな脅威とされていた八洲国軍が誇る戦略的戦闘兵器。全部で9体製作されていた鬼虫は、かの戦争でその内7体が大破。そのまま壱番式「蜻蛉」、九番式「蜂」を残して戦争は終結した。

時は流れ、昭和101年、戦争が終結してから20年が経った頃。戦争を生き延びた人々は、廃墟となり瓦礫や壊れた機械兵の脅威が蔓延る尽天と呼ばれる大型基地からの脱出を試みていた。

ある時、探索班が未開の工廠に挑んでいた矢先、探索班に所属する叶葉という少女が行方不明となってしまう。叶葉は死角にあった大穴に飲み込まれ、存在が確認されていなかった謎の地下施設に一人投げ出されていた。不安に怯える叶葉だったが、彼女はそこで驚くべきものを目の当たりにする。

それは、棺桶のような槽の中で眠る一人の少年と、見上げるほど巨大な機械仕掛けの「蜂」だった。

架空の大日本帝国を舞台に繰り広げられる熱いバトル

昭和108年という元号には色々とツッコミを入れたくなりますけど……w 戦時中から戦後の日本を舞台にしたような世界観です。戦禍に置かれた尽天と呼ばれる基地は廃墟となり残ったのは行き場を失った機械兵のみ、のはずでしたが、戦争が始まる直後軍人以外の民衆は冷凍装置に身を預けて凍らせることで老化を止め、生き長らえました。その期間およそ20年。赤子だった子供が成人する長い時間をトンデモ技術で留め、今再び人間は新たな一歩を踏み出そうとしているのです、みたいな導入。叶葉という少女は尽天の地下で冷凍漬けされていた一人で、荒廃した尽天からの脱出を試みる探索班のうちの一人でした。そこで彼女は、ちょっとしたハプニングで「鬼虫」と呼ばれる兵器と対面することになります。

さて、ここで登場する鬼虫を物凄くかみ砕いて言えば、今回は主人公でもある九番式「蜂」を例に取りますが、「蜂」がガンダムでそれを操る一人の少年がアムロ・レイといったところです。ただし鬼虫の場合はパイロットの少年も機械仕掛けであり、戦力的に見れば生身の人間と一線を画する辺り彼はニュータイプと言えるでしょう。時代を感じさせ硬派な世界観ながらもその実展開されるお話はロマン溢れる機械仕掛けの兵器が繰り広げるスピードアクションで、時代物とSFが混ざり合ったような独特の世界観です。

個人的に面白いと感じたのはやはりこういったロボがスピーディに動き回る戦闘シーンでした。著者の方は本書がデビュー作と思われますが、とてもデビュー作だとは感じさせない文章力で光速に迫るスピード感溢れる戦闘を見事に表現しています。今回の敵である壱番式「蜻蛉」の圧倒的戦力の前に、九曜(パイロットの少年)がどのように立ち向かっていくのかというのも熱く描けていましたし、大日本帝国独特の格好良さといい意味での中二病が混在するラノベにピッタリな世界観を重厚感たっぷりなシナリオにのせて展開させていたのは、純粋に《大賞》 受賞作の面白さに肉迫する完成度だったと言えるんじゃないでしょうか。

機械兵となり人の心を失った少年、天涯孤独で生きる目的を見失った少女

戦争が終わり20年という歳月が流れても生き残っている機械兵。彼らは機械であるが故に老化を知りません。そして彼らは人間のような自由意志を持っているわけではなく、「敵と戦え」という自己の存在意義に根付くプログラムが施されており、その上で自分の全ての行動を決定します。つまり、彼らの行動原理は戦うためにというところから発現するのです。

ここで九曜の場合はどうなのかを考えてみます。彼も機械仕掛けではありますが、機械兵と決定的に違っていたのは彼は“元人間”だったということでした。その才覚を見い出されて兵器である「鬼虫」となった九曜にとって、戦い以外の感情は不要なものでしかなく切り捨てるべきもののはずでしたが、叶葉を含めた生存者と触れあうことで彼の中に眠っていた人間味ある感情が刺激されることとなります。

しかし、それでも九曜は戦いの中で散ることを望んでいました。戦いこそが兵器となった彼の行動原理であり、それが潰えた瞬間こそが存在意義をなくす時だと信じて疑わなかったから。だけど、そんな彼の心を揺さぶる少女がいた。叶葉――天涯孤独な彼女は、尽天を首尾よく抜け出した後の生活に不安を抱えていました。今の自分は仕事を任されているから居場所があるけど、この環境が崩れた時自分はどうなってしまうのか。身寄りもない自分を必要としてくれる人はいるのだろうか。不安に押しつぶされそうになっている“人間”であるはずの彼女に、“元人間の機械兵”である九曜が似た感情を抱くのは必然でした。

「死んだら、嫌です。……あたしが九曜のことを大事に思うのは、だめですか?」
怖くなる、と叶葉はいつか言った。ここでの生活が終わった後でどうしていいかわからないと。
天涯孤独の少女。理由を持たず、ただ必要とされたい一心で働き続けてきた少女。あのずらりと並ぶポッドの中に、彼女と縁を持つ者は誰一人としていまい。彼女と自分は、似ているのかもしれない。九曜は、そう思い始めていた。
彼女には何もない。生きていく意味を見出せないまま、全てが終わった「その後」の空白を恐れている。自分が必要となる場所を欲している。置いていかれるのを恐れている。生きる意味が消えてなくなるのを何より恐れている。
九曜は思う――それは、自分だってそうだったのだ。


エスケヱプ・スピヰド / 電撃文庫 / 九岡望 / 269〜270ページより

人間は、居場所がないとこうにまで弱い存在である。何か確固たる支えがないと生きていられない。九曜はそこで戦いに身を投じる自分を心の柱とするのですが、それは結局逃げでしかなかった。強い信念に基づいて戦う者の目には侮辱とすら感じさせる行為だと、当の九曜は気付けないでいたのです。しかし、そこで九曜は叶葉に出会うことで戦う理由を見つけます。機械兵としてではなく、一人の人間として最大の敵「蜻蛉」に立ち向かう決意をします。それを見極め真剣勝負に立ち向かう蜻蛉もまた格好良く、終盤の二人の戦いは本当に痺れるものでした。魂と魂のぶつかり合いとでもいいますか、物語のラストを飾るに相応しい戦いで読者のテンションも知らず知らずのうちにヒートアップしてしまうのは致し方なしといったところで、構成の妙が光っていたと言えましょう。

総評

久々に《大賞》 受賞作で当たりだったと言えるでしょう。

大日本帝国独特の格好良さと中二病が溢れる魅力的な世界観、スピード感溢れるバトルを描き切るに足る見事な文章・表現力、そして人の心を取り戻した機械兵が真の戦う意味を見出し、それもその理由が「ヒロインのため」という熱すぎる展開は古き良き少年漫画のようで様式美ともいえる面白さ。著者である九岡先生は本書を趣味全開で書いたと言っていましたが、趣味全開だからこそ見事な科学反応を生み出しここまでの完成度を誇る作品になったんだと思います。

本当に熱い作品です。展開も熱すぎて、読み終わった後は読者も燃え尽きてしまうことでしょう。同時に襲ってくる得も言えぬ脱力感。でもこんな心地良い疲れも久々というか、「《大賞》 受賞作ってこうあるべきだよね!」と力強く説き伏せられて納得するしかない事後の様相とでもいうか何というか、とにかく没入しすぎて「疲れたよ!」とただ一言残しておこうと思う次第です。

ちなみに九岡先生、僕と生まれ年が一緒という同世代であることが判明。親近感とも併せてこれからに期待大。

エスケヱプ・スピヰド (電撃文庫)

エスケヱプ・スピヰド (電撃文庫)